2026年2月13日 国内外の主要ニュースまとめ
本日、2026年2月13日のニュースは、冬季五輪の熱狂から企業の決算、そして社会の根幹を揺るがす制度論まで、多岐にわたる話題が日本列島を駆け巡りました。
冬季五輪とスポーツの光影
ミラノ・コルティナダンペッツォ冬季五輪は、日本人選手の躍動と試練が交錯する一日となりました。男子モーグルでは、日本のエース堀島行真選手が絶対王者キングズベリー選手と歴史的な接戦を演じ、2大会連続となる銅メダルを獲得[49][50]。家族の支えを糧に掴んだ栄冠に、日本中が沸いています。一方、スノーボード女子ハーフパイプでは、3連覇を狙う絶対女王クロエ・キム選手が予選を首位通過する中、16歳の清水さら選手(2位)や工藤璃星選手らが食らいつき、新旧交代を予感させる緊密な展開となっています[38][46][47][48]。しかし、ショートトラック男子の宮田将吾選手は予選敗退を喫し、肉体改造を経て臨んだ舞台で「攻めの代償」を支払う形となりました[19]。
国内では競馬界に新星が現れました。佐賀競馬場で開催された第53回佐賀記念にて、JRA所属のカゼノランナーが6馬身差での衝撃的な圧勝を飾り、ダート戦線の主役候補に躍り出ました[25]。
揺らぐ信頼と司法の課題
社会面では、制度の限界を突く衝撃的なニュースが相次いでいます。札幌で4歳女児を重体させた事故の加害者が、執行猶予中にもかかわらず無免許運転を繰り返し、再逮捕されました。法廷での誓いを踏みにじる行為に、監視体制のあり方を問う声が強まっています[2]。また、日本大学では不祥事の連鎖により2026年度の志願者が2割以上減少するという深刻な事態が判明し、ブランド崩壊の危機が浮き彫りとなっています[15]。
さらに、過去の医療事故を巡る報道も注目を集めています。人気漫画のモデルとされる医師による赤穂市民病院での事故の実態が詳報され、日本の医療安全体制の欠陥に改めてメスが入りました[45]。
経済界の明暗:最高益と構造改革
企業の決算発表では、明暗が分かれる結果となりました。ソフトバンクグループはOpenAIの評価益を背景に純利益3兆円超という驚異的な過去最高益を記録[18]。キーエンス[10]やサンリオ[12]、大塚商会[36]も過去最高益を更新し、強固なビジネスモデルを見せつけました。一方で、日産自動車は6500億円の最終赤字を計上し、抜本的な構造改革が急務となっています[27]。楽天グループも、モバイル事業で悲願のEBITDA黒字化を達成しながらも、最終的には1778億円の赤字が残る結果となりました[63]。
また、PayPayが米国ナスダックへの上場に向けてVisaと提携するという、日本発フィンテックによる世界戦略も大きな注目を集めています[54]。
政治と社会の転換点
政治の世界では、高市政権が宗教法人の非課税措置という「聖域」の見直しを本格検討し始めました[53][55]。年間4〜5兆円規模の財源論が浮上する一方、伝統文化の存続を危惧する声もあり、歴史的な論争へと発展しそうです。また、自民党の重鎮・岩屋毅氏がネットの逆風を乗り越え11選を果たすなど、政治家の発信力と支持基盤の再構築が問われています[17]。
芸能・カルチャーの変遷
エンターテインメント界では、内田有紀さんの事務所移籍[60]や、志田千陽選手の退団とロス五輪への挑戦[28]など、新たな門出を報告するニュースが続きました。一方で、かつての青春スター、ジェームズ・ヴァン・ダー・ビークさんの早すぎる訃報に世界が悲しみに暮れています[29]。また、元TOKIOの国分太一氏が日本テレビ社長に直接謝罪し、長引いた騒動に一定の区切りをつけました[56][57]。
このほか、身近な生活情報として、皇居で販売されている「皇居財布」が金運アップのアイテムとして空前のブームとなっており[22]、デジタル面では深刻な脆弱性を修正したiOS 26.3がリリースされ、全てのiPhoneユーザーに早期アップデートが呼びかけられています[51][52]。
最後に、1996年の豊浜トンネル崩落事故から30年を迎えました。犠牲者への追悼とともに、インフラ老朽化が進む現代における安全対策の風化防止が改めて叫ばれています[40]。
戦後80年、対馬丸事件の記憶を次世代へ。生存者の証言と平和への誓い
ニュース要約: 1944年に学童疎開船が撃沈された「対馬丸事件」から81年。戦後80周年の節目を前に、沖縄では生存者の証言活動やデジタルアーカイブ化、若者による継承プログラムが活発化しています。犠牲者1,484名の悲劇を風化させず、平和の尊さを伝えるための記念館の取り組みや政府・自治体の追悼行事の全貌を詳報します。
戦後80周年を迎える対馬丸事件 記憶の継承と平和への誓い新たに
悲劇から81年、生存者と遺族が紡ぐ平和のメッセージ
1944年8月22日、沖縄から九州へ向かう学童疎開船「対馬丸」が米潜水艦の魚雷攻撃を受け沈没してから81年を迎える中、対馬丸事件の記憶継承に向けた取り組みが活発化している。2025年は戦後80周年の節目として、政府や沖縄県、対馬丸記念会が追悼行事や平和教育プログラムを展開し、若い世代への継承が重要な課題となっている。
那覇市若狭の対馬丸記念館では、毎年8月22日を中心に慰霊祭が開催され、今年も生存者や遺族が参列して犠牲者を追悼した。同館は午前9時から午後5時まで開館し、常設展や特別企画展を通じて、当時の状況や生存者の証言を丁寧に伝えている。入館料は大人500円、中高生300円、小学生100円で、保育園・幼稚園児は無料となっており、平和学習の重要な拠点として機能している。
1,484名の命を奪った悲劇の全貌
対馬丸事件は、太平洋戦争末期の1944年8月21日、沖縄・那覇港から長崎へ向けて出港した学童疎開船が、翌22日午後10時12分頃、鹿児島県悪石島北西約10キロの海域で米潜水艦ボーフィン号の魚雷2本を受け、わずか10分で沈没した海難事故である。乗船者は約1,661名から1,788名とされ、そのうち1,484名が犠牲となった。特に学童784名を含む多くの民間人が命を落とし、戦時下における最大級の海難事故として記憶されている。
当時、日本政府はサイパン陥落後の米軍B-29爆撃機による本土空襲の脅威を受け、沖縄の老幼婦女子約10万人を九州や台湾へ疎開させる方針を決定していた。対馬丸は1916年建造の老朽貨物船(6,724トン)を兵員輸送用に改造したもので、船倉は過密状態で二段棚が設置され、蒸し暑く睡眠環境も劣悪だった。護衛艦なしで直進航路を取り、船長が提案したジグザグ航行も却下されるなど、安全対策が不十分なまま出港した経緯がある。
生存者はわずか177名(学童59名含む)で、救助は翌朝、佐世保飛行場のパイロットが発見した後、漁船開洋丸と栄徳丸によって行われた。しかし、台風接近による高波で多くの漂流者が力尽き、犠牲者数がさらに増える結果となった。生存者には緘口令が敷かれ、詳細な調査も行われなかったため、沖縄の家族には長く情報が届かず、疎開への不信感が広がった。
生存者の証言が語る戦争の実相
現在も生存者として平和教育に尽力している平良啓子さんは、小学校教諭として長年教壇に立ち、退職後も「語り部」として対馬丸事件の体験を語り続けている。平良さんは「歴史を勉強し、平和のために自分ができることを見つけ出してほしい」と若い世代に呼びかけ、戦争の悲惨さを伝えることに使命感を持って取り組んでいる。
生存者の証言によれば、夜中の爆発音で目覚めた時には既に船倉に海水が流入し、閉じ込められた子どもたちは脱出が困難だった。4歳の幼児が泣き叫びながら母親と引き離され、海上で筏につかまって漂流する中で次々と力尽きていった光景は、今も生存者の心に深い傷として残っている。
若い世代への継承プログラムが本格化
沖縄県が企画する「対馬丸平和継承プログラム」は、児童向けの主要な取り組みとして注目されている。2025年12月15日には那覇市で報告会が開催され、参加児童たちが県内平和学習や鹿児島県宇検村の慰霊碑訪問の感想を発表した。ある児童は「このきれいな海に多くの犠牲者が漂流したことを想像すると胸が痛くなった」と語り、別の児童は「戦争の悲惨さを後世に伝えていくことが大切」と平和継承の決意を新たにした。
対馬丸記念館は修学旅行や平和学習の下見を無料とし、講話依頼や資料貸出を積極的に実施している。特に5月から6月にかけての平和学習ピーク期には予約が集中し、多くの学校が訪れる。館内はバリアフリー対応で車椅子の貸出も行い、幅広い世代が学べる環境を整えている。
2025年6月には「80年前の沖縄と東村-対馬丸記念館移動展」が開催され、記念館の展示を移動形式で展開した。また、8月には宮本亞門氏が企画・脚本・演出を手がけた舞台公演「生きているから~対馬丸ものがたり」が上演され、物語形式で若年層にもアクセスしやすい形での継承が試みられた。
政府・沖縄県の公式追悼行事が充実
戦後80周年を迎える2025年は、政府と沖縄県による公式の追悼行事が充実している。6月23日に開催された沖縄全戦没者追悼式では、国連事務次長の中満泉氏がメッセージを寄せ、対馬丸事件の学童犠牲者を名指しで追悼し、ひめゆり学徒隊等とともに記憶継承の重要性を訴えた。
11月8日には奄美大島・宇検村船越海岸で対馬丸記念会主催の慰霊祭が実施され、生存者・遺族約100人が参列した。同村は81年前に犠牲者の遺体が流れ着いた地であり、遺族らは12月7日から慰霊の旅を実施し、改めて犠牲者を悼んだ。11月11日には悪石島でも追悼行事が行われ、内閣府の支援を受けた公式イベントとして位置づけられている。
課題となるデジタルアーカイブ化の推進
平和教育の継続には、生存者の高齢化に伴うデジタルアーカイブ化の推進が急務となっている。現在、平和館の証言アーカイブに生存者体験がオンライン掲載されているが、対馬丸記念館のウェブサイトは基本情報やメディア紹介が中心で、本格的なデジタル化プロジェクトの詳細は明確にされていない。今後、映像や音声、資料のデジタル化を進め、時間や場所を問わずアクセスできる環境整備が求められている。
対馬丸事件の記憶継承は、生存者と遺族の献身的な努力、そして若い世代の真摯な学びによって支えられている。戦後80周年という節目を迎え、「二度と戦争を起こさない」という誓いを新たにすることが、犠牲者への何よりの供養となるだろう。沖縄県は特設ページを通じて情報発信を続けており、対馬丸記念館(tsushimamaru.or.jp)では最新の展示情報や教育プログラムの詳細を確認できる。平和の尊さを次世代に伝える取り組みは、これからも続いていく。