絶滅危惧種スナメリ、瀬戸内海で70年ぶりの復活へ—最新ドローンとAIが解き明かす生態の謎
ニュース要約: 深刻な個体数減少に直面する絶滅危惧種スナメリ。ドローンやAIを活用した最新調査により、世界初となる社会的な共同養育行動などが判明しました。一方で海洋プラスチックごみ等の人為的脅威は依然として深刻ですが、瀬戸内海では漁師と研究者が連携した保全活動が本格化。最新技術と地域共生を通じて、かつての豊かな海を取り戻す挑戦が続いています。
絶滅危惧種スナメリ、瀬戸内海で70年ぶりの希望と課題—最新技術で解明進む生態の謎
日本近海に生息する小型鯨類スナメリが、深刻な個体数減少から回復の兆しを見せ始めている。ドローンやAIを駆使した最新調査により、これまで謎に包まれていた社会行動や新生児養育の実態が次々と明らかになる一方、海洋プラスチックごみや生息域の分断化といった人為的脅威は依然として深刻だ。瀬戸内海や大阪湾を中心に、研究機関と地元漁業者が連携した保全活動が本格化している。
1970年代から96%減少、瀬戸内海の危機的状況
体長約1.5メートル、愛らしい丸い頭部が特徴のスナメリは、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストで「危機」に分類される絶滅危惧種である。日本国内では瀬戸内海、仙台湾~東京湾、伊勢湾・三河湾、大村湾、有明海・橘湾の5つの海域に主に分布し、2002年の環境省調査では瀬戸内海で約7,600頭と推計された。
しかし、その生息状況は著しく悪化している。瀬戸内海では1970年代中盤から2000年にかけて大幅な減少が確認されており、特に中・東部海域では深刻だ。1976~1978年の目視調査で瀬戸内海全域で1,194頭が観察されたのに対し、1999~2000年の調査では西部で約70%、中・東部では約4%まで激減したと推定されている。
この減少の背景には、混獲による漁業被害、化学汚染、埋め立て、浚渫といった人間活動が複合的に影響していると専門家は指摘する。沿岸の浅い海域を好むスナメリは、日本でもっともストランディング(漂着)する鯨種でもあり、人間活動の影響を最も受けやすい海洋哺乳類の一つなのだ。
ドローン×AI、革新技術が解き明かす社会行動の秘密
こうした危機的状況の中、近年の技術革新がスナメリ保全に新たな光明をもたらしている。京都大学野生動物研究センターや三重大学、東京大学などの研究チームは、高精細カメラを搭載したドローンを駆使し、従来の船上調査では困難だったスナメリの詳細な行動観察に成功している。
京都大学の研究では、ドローンでスナメリの魚群突進行動、個体間距離、群れの動態を高精度で記録。船舶接近時の潜水時間を解析した結果、船の前後で有意差がないものの、群れサイズによって回避行動が変化することを初めて実証した。さらに2024年10月には、三重大学と東京大学の共同研究で、個体間距離の測定と鳴音解析を組み合わせ、単独性と群居性が混在するスナメリの複雑な社会構造を世界で初めて解明している。
特筆すべきは、三重県津市町屋海岸で2024年に行われた新生仔(生後6カ月未満)の観察だ。ドローン映像から19個体の新生仔と非親成体が並行遊泳する様子を捉え、成体が交代で養育に関わる社会行動を世界で初めて確認した。個体識別が困難な野生下での詳細な行動解析は、ドローン技術なくしては実現し得なかった成果である。
有明海では2023年頃、中部大学と京都大学がVTOL固定翼ドローンを用いた10キロメートルのライントランセクト調査を実施。スナメリ53個体と船舶5艘を確認し、人為活動との時空間的な競合を可視化した。従来のセスナ機調査をドローンで代替できる可能性が示され、調査コストの大幅削減にも道を開いている。
AI技術も補完的役割を果たし始めた。2024年に開始されたザトウクジラ・スナメリ個体識別支援システムでは、AIが尾びれ写真から類似個体を自動提案し、照合効率を飛躍的に向上させている。東京湾では船舶目視と市民科学者による報告(パラモーター撮影を含む70件)を組み合わせた調査も進行中だ。
海洋プラスチックごみ、消化管に蓄積し死亡例も
技術革新による生態解明が進む一方、スナメリを取り巻く環境は依然として厳しい。最大の脅威の一つが海洋プラスチックごみだ。
食物連鎖の頂点に位置するスナメリは、汚染物質が体内に蓄積しやすく、座礁・混獲個体の解剖ではプラスチック片が検出されている。ビニール袋や微小プラスチックをエサと誤認して誤飲し、消化不良や死亡に至るケースが確認されており、三河湾では生活ごみの流入がスナメリの赤ちゃんの死因となっている事例も報告された。
瀬戸内海や大阪湾などの沿岸域では、河川経由で流入する生活ごみ(その9割以上がプラスチック)が広域的に堆積し、約1万3,000トンの海底ごみが生物多様性を脅かしている。回収困難な微小プラスチックは自然分解せず、食物連鎖を通じてスナメリに濃縮される悪循環が続く。
生態系全体への影響も深刻だ。スナメリの減少は捕食者不在によるクロダイの増加を招き、大阪湾では海苔養殖への被害拡大を助長する可能性が指摘されている。生殖成功率の低下や幼体死亡の増加により、個体群の回復力そのものが弱まっている。
漁師と研究者の連携、1930年の記憶が蘇る
こうした課題に対し、地元漁師と自治体、研究機関が連携した保全活動が本格化している。大阪湾や瀬戸内海では、神戸大学を中心とした研究プロジェクトで地元漁師がスナメリ保全に積極的に協力。水中マイクの設置・回収や、漁網にかかったスナメリの行動記録を通じて生態解明と共存を図っている。
歴史的には、瀬戸内海の阿波島周辺が1930年にスナメリ回遊ルートとして天然記念物に指定され、1960年代まで漁師たちはスナメリが小魚を追い込む行動を利用した漁を行っていた。近年の環境改善(藻場再生など)により目撃例が増加しており、70年以上前の共生関係が蘇りつつある。
名古屋港水族館では、東海大学、京都大学、名古屋ECO動物海洋専門学校と共同で「名古屋港スナメリプロジェクト」を実施。骨格標本の展示リニューアルや実物大との背比べコーナーを新設し、市民への啓発活動を強化している。大阪湾では環境DNA調査という手法を用い、スナメリが年間を通じて湾内に生息していることを裏付けた。
兵庫県姫路港~家島周辺では、漁師の網作業現場でのスナメリ調査が行われており、漁業現場を活用した現地観察の可能性も示唆されている。北九州市では洋上風力発電関連でスナメリと漁業の共生策として事例調査やヒアリングを実施中だ。
2026年、保全の鍵は市民参加とライフスタイル変革
2026年現在、スナメリ保全は重要な転換点を迎えている。ドローンやAIといった最新技術により、かつては不可能だった詳細な生態解明が進み、科学的根拠に基づいた保全策の立案が可能になった。一方で、海洋プラスチックごみ削減、生息域の分断化解消、水質改善といった根本的課題への取り組みは道半ばだ。
専門家は、ビーチクリーンアップやプラスチック削減といった市民レベルの行動と、漁業・開発抑制などの政策レベルの対応を連動させた継続的な取り組みが不可欠だと強調する。NPO法人アーキペラゴなどの保全団体も活動を推進しているが、生活排水に含まれる洗剤の削減、使い捨てプラスチックの使用抑制など、私たち一人ひとりのライフスタイル変革が求められている。
鳥羽水族館の飼育日記によれば、野生スナメリの目撃時期が年々遅くなっており、黒潮蛇行の終了やエサ、水温の変化が関係している可能性が指摘されている。科学的モニタリングと食性調査のさらなる充実が急務だ。
瀬戸内海で環境改善の兆しが見え始めた今、1960年代まで続いていた人とスナメリの共生関係を21世紀に再構築できるかどうか。その答えは、最新技術と伝統的知恵、そして市民一人ひとりの意識変革にかかっている。
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