伊藤詩織氏の「ブラックボックス」:アカデミー賞ノミネートの裏で続く日本の性暴力、法的闘争と誹謗中傷
ニュース要約: ジャーナリストの伊藤詩織氏のドキュメンタリー映画『ブラックボックス・ダイアリーズ』がアカデミー賞ノミネートを果たした。国際的な注目を集める一方で、日本では性暴力被害を巡る民事訴訟、ネット上の誹謗中傷、弁護士会への紛議調停など、継続的な法的闘争に晒されている。彼女の活動は、日本の刑法改正を促しつつ、社会の根深いジェンダー課題を問い続けている。
【深層】伊藤詩織氏、国際舞台と法廷の狭間で問う「日本の性暴力」:映画公開、アカデミー賞ノミネートと続く法的闘争
2025年12月13日 共同通信
ジャーナリストの伊藤詩織氏(36)が、自身の性暴力被害を公表して以来、日本社会に与え続けてきた影響は計り知れない。2017年の公的告発を起点に、日本における「#MeToo」運動の象徴的な存在となった伊藤氏は、2025年12月に長編ドキュメンタリー映画『ブラックボックス・ダイアリーズ』(原題:Black Box Diaries)の日本公開を迎えた。同作は2025年1月、日本人として初のアカデミー賞長編ドキュメンタリー部門にノミネートされるという快挙を達成し、その活動は国際的な評価を確固たるものにしている。しかし、その華々しい舞台の裏側では、裁判所や弁護士会を舞台とした法的闘争、特にネット上の誹謗中傷や映像使用を巡る論争は今なお継続しており、彼女の歩みは日本社会の根深い課題を浮き彫りにし続けている。
司法の軌跡と継続する法的闘争
伊藤氏が声を上げた2017年当時、元TBS記者による準強姦罪(当時)の性暴力被害者として警察に被害届を提出したが、刑事手続きでは逮捕直前に取り消され不起訴処分となった。この「司法の壁」に直面したことが、彼女を民事訴訟へと踏み切らせた。2019年に東京地裁で勝訴判決を獲得し、2022年には最高裁で勝訴が確定。約332万円の賠償が命じられ、同意のない性行為の事実が司法によって認定された。
この闘いは、長らくタブー視されてきた性暴力被害者の苦悩を可視化し、日本の刑法改正(2017年、そして2023年の不同意性交等罪導入など)を加速させる世論を喚起する大きな契機となった。
しかし、法的勝利の裏側で、彼女は継続的な二次被害に晒されている。裁判資料やホテル映像の流出、そしてインターネット上での執拗な誹謗中傷だ。伊藤氏は、これらの二次加害が「自身だけでなく、同じような被害に遭った他の人々の心も傷つける」と懸念を示し、漫画家はすみとしこ氏らに対する賠償請求訴訟を継続するなど、法的手段による名誉回復と抑止に注力している。
さらに、2025年2月には、映画『ブラックボックス・ダイアリーズ』関連の会見・声明を巡る経緯から、氏側が弁護士会に紛議調停を申し立てたことが公表された。この事案は、被害者が公的な活動を行う際に直面する複雑な権利や倫理の問題、そして支援体制のあり方について、改めて社会に問いを投げかけている。
映画が問いかける「ブラックボックス」
2025年12月に公開された映画『ブラックボックス・ダイアリーズ』は、伊藤氏自身の体験、その後の裁判、そして社会の反応を記録したドキュメンタリーである。アカデミー賞ノミネートという国際的快挙は、日本の性暴力の実態と司法の課題が、世界的な関心事となっていることを示している。
一方で、作品中で使用された映像の扱いについて、無断撮影やプライバシーに関する指摘も報じられ、倫理的な論争を呼んでいる。この論争は、性被害という極めてデリケートな問題を社会に伝える「表現の自由」と「当事者の権利」の衝突という、難しい課題を浮き彫りにしている。
伊藤氏は、講演活動や著作を通じて、性被害者が「笑い方」や「振る舞い方」でステレオタイプに判断されることに対し、「性被害者はこうあるべきという固定観念が誤り」だと強く反論し続けている。これは、被害者自身が抱える「沈黙の文化」と、社会が加える「二次加害」構造を打ち破る試みである。
国際的活動とジェンダー平等の推進
伊藤氏の国際的活動は、日本のジェンダー平等推進における影響力を示している。2020年にはTIME誌の「世界で最も影響力のある100人」に選出され、NO MORE親善大使などの役割も担う。国連本部での記者会見やハーバード大学での講演など、積極的に国際社会に日本の現状と性暴力被害者支援の重要性を訴えてきた。彼女の活動は、性犯罪の立証ハードルの高さや、警察の初動対応の不備といった日本の刑事司法の課題を国際的に露呈させた。
2025年現在、伊藤詩織氏が先駆けた#MeToo運動と刑法改正の議論は、職場やメディア業界など広範な分野に波及している。彼女の継続する闘いは、単なる個人の裁判を超え、日本社会が抱える根深い問題に光を当て続ける。性暴力被害者が安心して声を上げられる社会、そして真のジェンダー平等が実現されるまで、彼女の「ブラックボックス」を開く試みは続くであろう。