【深層分析】ベネズエラ「三重苦」の危機:領土紛争、ハイパーインフレと独裁体制の隘路
ニュース要約: 南米ベネズエラは、ガイアナとのエセキボ領土紛争による軍事的緊張、年間229%に達するハイパーインフレ、そしてマドゥーロ政権による独裁強化という「三重苦」に直面している。内政の窮状を糊塗するための対外強硬策が地域の安定を揺るがし、難民流出も止まらない。
【深度分析】三重苦に苛まれるベネズエラ:領土紛争、ハイパーインフレ、独裁体制の隘路(あいろ)
2025年11月27日 日本経済新聞特派員
南米の産油国ベネズエラが、国際的な領土紛争、制御不能なハイパーインフレ、そして強権的なマドゥーロ政権による政治的抑圧という「三重苦」に直面し、地域の安定を揺るがしている。特に2025年に入り、隣国ガイアナとの国境では軍事的な緊張が極度に高まり、内政の窮状を糊塗するための対外強硬策という構造的な問題が改めて浮き彫りとなっている。
1. エセキボ紛争、石油資源巡る軍事リスク
ベネズエラの外交政策の焦点は今、ガイアナとの国境地帯にあるエセキボ地域の領有権争いに集中している。この紛争は19世紀に遡る歴史的経緯を持つが、2015年に米エクソンモービル社がガイアナ沖合で巨大油田を発見して以降、資源獲得を巡る緊張が急速に深刻化した。
マドゥーロ政権は2023年12月にエセキボ領有を問う国民投票を強行し、圧倒的多数の「承認」を得たことを根拠に、2025年にはこの地域を「グアヤナ・エセキバ」州として一方的に併合すると発表した。さらに、海軍パトロール船をガイアナの石油生産施設近海に接近させるなど、軍事的な威嚇行動をエスカレートさせている。
これに対し、ガイアナ側は国際司法裁判所(ICJ)に提訴。ICJは2025年5月1日、ベネズエラに対して、紛争が解決するまで同地域での州知事選挙の実施を禁止する暫定措置を命じた。しかし、ベネズエラ政府はICJの管轄権を認めず、判決を無視する姿勢を崩していない。
国際社会の対応も強硬化している。米国はエクソンモービルの権益保護を背景にガイアナへの支援を強化。2025年にはベネズエラ近海での軍事活動を活発化させ、中央情報局(CIA)による政権転覆を匂わせる秘密作戦の承認さえ公表するなど、地域での軍事的エスカレーションのリスクが高まっている。政権が内政の失敗を覆い隠すために、国民のナショナリズムを煽る目的で対外強硬策を利用しているとの分析が占め、事態の平和的解決への道筋は見えていない。
2. 通貨崩壊と国民を蝕むハイパーインフレ
国際的な緊張に加え、ベネズエラ経済の崩壊は深刻さを増している。2025年の年間インフレ率は229%に達し、一部では270%への上昇も予測されている。チャベス政権時代に国有化された石油産業の衰退や、米国の経済制裁再強化が主要因となり、通貨「ボリバル」は事実上、価値を失った。
国民生活は極めて困難な状況に置かれている。現金の信用が完全に失われた結果、給与や日常的な取引には米ドル、そして暗号資産のステーブルコイン(USDT)が広く用いられている。市場や商店では「バイナンス・ドル」と呼ばれるUSDTが流通し、国民はボリバルを受け取っても即座に外貨やデジタル資産に換えることを余儀なくされている。
マドゥーロ政権は2025年4月に経済緊急事態令、9月には非常事態宣言を発動し、大統領権限を強化することで事態収拾を図ろうとしている。しかし、専門家からは、過去の緊急事態令がさらなるハイパーインフレを招いた経緯から、国会の統制を放棄し、大統領権限を強めすぎているとの批判が根強い。複雑な規制や高い税負担、国有化リスクが外国人投資を阻害しており、経済の根本的な立て直しは遠い。
3. 独裁の強化と止まらぬ難民流出
内政面では、マドゥーロ政権による独裁的な統治が続き、民主化への道筋は極めて困難だ。2024年の大統領選挙では、野党統一候補が出馬を事実上禁止されるなど、政権による選挙妨害が顕著であった。軍事的な圧力を伴う強硬な手段で反対勢力は抑え込まれ、平和的な権力移譲の可能性は低いと見られている。
経済破綻と政治的混乱の結果、人道危機は拡大の一途を辿っている。2020年時点で約480万~500万人のベネズエラ難民や移民が国外に流出しており、特にコロンビア、ペルー、ブラジルなど周辺国に甚大な社会的・経済的負担を強いている。
国際社会は、国連やOAS(米州機構)を通じて調停や支援を模索し、日本を含む各国が人道支援として約1.3億ドル超の資金援助を実施しているが、難民流出の勢いは止まらない。
ベネズエラが抱える領土紛争、経済破綻、政治的弾圧の「三重苦」は、マドゥーロ政権の権威主義体制が続く限り、解決が困難な状況にある。地域の安全保障と人道支援の観点から、国際社会による持続的な関与が不可欠であり、事態の行方は予断を許さない。(了)