ペリリュー激戦80年:遺骨収集の最前線と漫画が伝える「平和のゲルニカ」
ニュース要約: 太平洋戦争の激戦地ペリリュー島は、戦闘終結から81年が経過し、終戦80周年を前に遺骨収集が続く。約1万の日本兵が持久戦を展開したこの島は、今、劇場アニメ化される漫画『ペリリュー』ブームにより、若者たちが戦争の記憶と平和の尊さを再認識する重要な媒体となっている。
激戦地ペリリュー、戦後80年を前に問う平和の継承――漫画ブームと遺骨収集の最前線
【東京発 2025年11月27日 共同通信】
太平洋戦争末期、日米両軍が壮絶な死闘を繰り広げた南洋の孤島、パラオ諸島・ペリリュー島。1944年9月15日に始まった上陸戦は、日本軍が組織的抵抗を終えたとされる11月27日をもって一区切りを迎えたとされるが、戦後の今日に至るまで、この島が持つ歴史の重みは変わらない。激戦終結から81年目となる現在、ペリリュー島は、未だ続く遺骨収集の課題と、漫画・アニメという新たなメディアを通じた戦争記憶の継承という二つの側面から、再び日本社会の注目を集めている。
地下壕に潜んだ「持久戦」の記憶
ペリリュー島の戦いは、太平洋戦争後期における日本軍の戦術的転換を示す象徴的な出来事として歴史に刻まれている。米軍がマリアナ諸島(サイパン、グアム)を陥落させた後、次なる標的となったこの島には、約1万人の日本兵(中川州男大佐指揮)が布陣した。
米軍の圧倒的な戦力(約4万2千人)に対し、日本軍は従来の「玉砕」による短期決戦ではなく、「持久戦」を徹底する戦略を採用した。島全体に張り巡らされた500~600もの洞窟や地下壕を利用し、徹底的なゲリラ戦を展開。米軍のフィリピン方面への進攻を遅らせるという戦略目的を達成するため、兵士たちは飢えと渇き、そして米軍の激しい攻撃に耐え続けた。
特に注目すべきは、中川大佐が「バンザイ突撃」のような無謀な総攻撃を禁じ、兵士の命を可能な限り温存しようとした点だ。この戦術により、米軍は当初3日で制圧可能と見積もっていた戦闘が、実に73日間に及び、双方に甚大な犠牲を強いることとなった。
ペリリュー島は、戦後70年の節目である2015年に、天皇・皇后両陛下(当時)が公式訪問され、戦没者を慰霊された地でもある。この訪問は、この島が日米両国の戦争記憶と和解の象徴であることを改めて世界に示した。
終戦80年を控えた「遺骨収集」の困難
現在、ペリリュー島に残された最大の課題は、未だ千を超える日本兵の遺骨が島内に眠ったままであるという現実だ。2025年という終戦80周年を目前に控え、日本政府や民間の遺骨収集団による活動は継続されているものの、地下壕や密林の奥深く、あるいは海底に沈んだ不発弾(ERW)の危険性が伴う環境での作業は困難を極めている。
2025年9月には、マラカル湾で旧日本海軍の二式爆雷が発見されるなど、安全な環境整備と並行して、戦没者の帰還を願う取り組みが進められている。
また、ペリリュー島は、戦争の悲惨さを伝える「戦跡巡り」の場としても機能している。近年は、全国の高校生や大学生を対象とした平和学習のフィールドワークが実施され、塹壕や鎮魂の碑を訪れることで、戦争の記憶を未来に継承する活動が活発化している。
漫画『ペリリュー』が若者に伝える戦争のリアル
こうした歴史の重層的な側面に光を当て、特に若い世代に戦争の現実を突きつける役割を果たしているのが、武田一義氏の漫画『ペリリュー -楽園のゲルニカ-』だ。2016年から連載され、高い評価を得た同作は、戦後80年という節目を迎える2025年12月5日に劇場アニメとして全国公開されることで、再び大きなブームを呼んでいる。
この作品の特異性は、親しみやすい三頭身のキャラクターデザインを用いながら、極限状態における兵士たちの心理や、激しい戦闘による肉体・精神の崩壊をリアルに、そして容赦なく描いている点にある。これにより、「戦争もの」に苦手意識を持つ層にも、戦場の過酷さがストレートに伝わりやすくなった。
原作者自身が「戦争のことを詳しく読めた」という読者の声に触れているように、漫画という表現形式が、歴史の教訓を次世代に伝える重要な媒体として機能している。映画化を通じて、若者たちが自国の歴史と向き合い、平和の尊さを再認識する機会となることが期待されている。
ペリリュー島は、単なる過去の激戦地ではない。それは、持久戦という戦術の転換点であり、今なお続く遺骨収集の最前線であり、そして文化を通じて戦争の記憶を未来へ繋ぐ「平和のゲルニカ」であり続けている。(了)