2026年1月15日、日本国内では政界の電撃的な動きから伝統行事、エンターテインメントの話題まで、極めて密度の高い一日となりました。
まず政局が大きく揺れ動いています。高市早苗首相は、1月23日召集の通常国会冒頭で衆議院を解散する意向を固めました[27]。2月8日投開票が有力視される「真冬の解散」は36年ぶりの異例の事態であり、高支持率を背景とした「攻めの解散」に対し、野党は議論不足と批判を強めています。この高市政権を支える福井の政治名門・山本家の動向にも注目が集まっており、地方と中央を結ぶ強力なパイプが今後の選挙戦にどう影響するかが焦点です[28]。
こうした政治の緊張感とは対照的に、皇居では新春恒例の「歌会始の儀」が執り行われました。今年は悠仁さまが初めて出席され、お題の「明」に寄せ、天皇陛下は世界の平安を、悠仁さまは瑞々しい自然の情景を詠まれました。次世代の皇居を担う方々が揃われた歴史的な節目は、多くの国民に深い感銘を与えています[34]。
気象面では、季節外れの現象が相次いでいます。フィリピン沖で熱帯低気圧が発生し、15日にも1月としては7年ぶりとなる「台風1号」が発生する見通しです[35]。国内でも異例の早期飛来となる黄砂への注意が呼びかけられる一方[13]、東京都板橋区の赤塚公園では梅が開花し[18]、宮城県では伝統の「どんと祭」が開催されるなど、冬から春へと向かう季節が交錯しています[33]。
経済・産業界では、老舗企業の明暗と構造転換が浮き彫りになりました。創業50年を超える愛知県の住宅メーカー、タイコウハウスが負債34億円で自己破産を申請[4]。長野市の人気式場「ヴィラ・デ・マリアージュ長野」の運営会社も負債52億円で破産するなど、経営環境の厳しさが続いています[5]。一方で、プロジェクター用反射鏡で世界シェア9割を誇る岡本硝子が半導体や深海探査など新市場へ挑む姿や[2]、東京エレクトロンが生成AI需要を見据え1兆円規模の投資を行うなど[14]、日本技術の底力を見せる動きも活発です。また、LINEヤフーがNetflixと提携した新プランを2026年2月に開始すると発表し、経済圏のさらなる拡大を狙っています[22]。
文化・エンタメ界では、文学賞の発表が大きな話題となりました。第174回芥川賞には鳥山まこと氏の『時の家』と畠山丑雄氏の『叫び』が選ばれ、直木賞には嶋津輝氏の『カフェーの帰り道』が選出されました。特に嶋津氏の作品は、100年前の女性の孤独と希望を描きながら、現代の働く女性からも強い共感を得ています[30][39]。
テレビドラマ界も豊作です。NHK朝ドラ『ばけばけ』では、松江市の「山口薬局」をモデルにした「山橋薬舗」が登場し、聖地巡礼の期待が高まっています[1]。また、大西信満さんが明治の車夫役で朝ドラ初出演を果たし、その「不器用ですけん」というセリフが視聴者の心を掴んでいます[9]。今夜からは、杉咲花さん主演の繊細なラブストーリー『冬のなんかさ、春のなんかね』も放送を開始しました[29]。
スポーツ界では、大相撲一月場所で西前頭筆頭の義ノ富士が両横綱を撃破する波乱があり、一方で霧島が4連勝と大関復帰へ視界良好です[12][21]。フィギュアスケート界では、復縁が報じられた本田真凜さんと宇野昌磨さんがアイスショーで共演し、新たな絆を披露しました[26]。
最後に、身近なサービスや趣味の世界でも大きなニュースが続いています。スターバックスからバレンタイン新作が登場し[17]、ミスタードーナツは55周年を記念してゴディバとの高級路線を展開[7]。また、人気ゲーム『あつまれ どうぶつの森』が予告より1日早く大型アップデートを配信し、4K対応の次世代機版も登場してファンを驚かせています[8]。VTuber界では「ぶいすぽっ!」からLoLの実力派、銀城サイネさんがデビューし、業界の新たな勢力として注目されています[11]。
【2025年】「荒武者」後藤達俊氏の消息不明の謎—新日本プロレス・平成維震軍の功績と波乱の引退後
ニュース要約: 元新日本プロレスの「荒武者」後藤達俊氏(69)が2011年頃の引退以降、消息不明の状態が続いている(2025年現在)。後藤氏は遅咲きのヒールとして活躍し、越中詩郎氏率いる「平成維震軍」で IWGP タッグ王座を獲得するなど歴史に貢献。記事では、その功績と、ロシアンパブの用心棒や海外での管理人など、謎に包まれた波乱の第二の人生を追う。
プロレス界の「荒武者」後藤達俊氏、消息不明のまま迎える2025年—新日本プロレスでの功績と平成維震軍の軌跡
プロレス界における孤高の存在、「荒武者」の異名を持つ元プロレスラー、後藤達俊氏(69歳、愛知県常滑市出身)が、2011年頃に事実上の引退状態に入って以降、その消息が長らく途絶えている。2025年現在、かつての盟友やプロレス関係者がその行方を探索し続けているものの、具体的な情報は依然として明かされていない状況だ。本稿では、新日本プロレス(NJPW)の歴史に確固たる足跡を残した後藤達俊氏のキャリアを振り返るとともに、引退後の波乱に満ちた第二の人生に迫る。
遅咲きのヒール、新日本プロレスでのキャリア
後藤氏は、名城大学卒業後、日産自動車への入社を経て、26歳という比較的遅い年齢で1982年に新日本プロレスに入門した。長年にわたり、そのキャリアの大部分をヒール(悪役)として全うし、観客の憎悪と熱狂を集める独特のファイトスタイルを確立した。
彼のデビュー戦の相手は、後の名レスラーとなる当時15歳の船木誠勝氏(1985年)であり、その後のプロレス史の転換点にも関わっている。若手時代を経て、1990年代の新日本プロレスが「闘魂三銃士」を中心とする華やかな時代を迎える中、後藤氏はメインストリームから一歩引いた「窓際族」的な立場から独自の道を切り開くことになる。
時代を築いた「平成維震軍」の功績
後藤氏のプロレスラーとしての地位を決定づけたのは、1993年10月に結成された反骨のユニット「平成維震軍」での活動である。越中詩郎氏をリーダーとし、小林邦昭氏、木村健悟氏、野上彰氏、そして後藤氏、小原道由氏ら、年齢もキャリアも異なる「寄せ集め」で構成されたこのユニットは、当時の新日本プロレス本隊に対する別動隊として機能した。
平成維震軍時代、後藤氏は眉まで剃り上げたスキンヘッドの強烈なルックスでブレイクし、その存在感を増幅させた。彼は、当時のトップレスラーであった蝶野正洋氏や長州力氏とのシングルマッチで勝利を収めるなど、実力派ヒールとしてユニットの勢いを支えた。特に1995年5月17日には、長州力氏率いる昭和維新軍との象徴的な旗取り綱引きマッチに参戦し、ユニットの歴史における重要な一戦を担っている。
タッグ戦線においても、後藤氏は小原道由氏とのコンビで大きな成功を収めた。1999年6月27日、二人は越中詩郎氏と佐々木健介氏のタッグからIWGPタッグ王座を奪取するという劇的な快挙を達成。これは、平成維震軍のリーダーであった越中氏を相手に、後藤氏がバックドロップで勝利を収めるという、ユニットの歴史を象徴する瞬間となった。
謎に包まれた第二の人生と消息不明の現状(2025年)
後藤達俊氏は、平成維震軍解散後も「犬軍団」として活動を継続し、その後は地元の愛知を拠点とするDEPや大分のFTOといったローカル団体を主戦場とした。2006年に新日本プロレスを退団し、フリーランスとなった後も、ハッスルや天龍プロジェクトなどに参戦したが、2011年頃を最後にリングから姿を消した。
引退後の後藤氏の動向は、プロレスラーとしての激しい現場とはかけ離れた、極めて異色の経歴が伝えられている。ロシアンパブの用心棒、老人介護、そしてタイやカンボジアといった海外での料理屋や雀荘の管理人など、多岐にわたる職を転々としたという。現在(2025年)は国内の警備会社で勤務しているという情報もあるが、その正確な消息はプロレス界の多くの関係者にとって「不明」のままだ。プロレスラーの田中ケロ氏をはじめとする関係者が、彼の足跡を追っている状況が続いている。
彼の波乱に満ちた私生活の一端として、ギャンブルをやめられないという意外な素顔も伝えられており、荒武者としてのリング上のイメージとは異なる人間的な側面を覗かせている。
後藤達俊氏は、新日本プロレスの主流派ではない立ち位置から、反体制のアイコンとして一時代を築き上げた希有な存在である。平成維震軍というユニットを通じて、プロレス界の歴史に刻んだ彼の功績は疑いようがない。その豪快なファイトスタイル、そして引退後の多彩な人生遍歴は、日本のプロレスファンにとって尽きることのない話題を提供し続けている。2025年、再び彼が表舞台に姿を現す日が来るのか、プロレス界全体がその動向を静かに見守っている。