難病レット症候群:遺伝子治療が拓く希望の光と、家族を支える社会支援の課題
ニュース要約: 重度の難病レット症候群に対し、MECP2遺伝子を標的とした革新的な遺伝子治療の実用化が目前に迫り、症状改善の兆候も見られる。医学の進歩が希望をもたらす一方で、希少疾患ゆえの診断の遅れや、高校卒業後の重度障害者向け生活支援体制の「空白」が、家族の孤立と将来への不安を深めている。
難病レット症候群、希望を灯す遺伝子治療と家族を支える社会の課題
【報道特集】2025年11月23日
女児に多く発症し、重度の精神運動発達遅滞を引き起こす難病、レット症候群。これまで治療法がないとされてきたこの進行性の神経疾患に対し、2025年現在、遺伝子治療技術が劇的な進展を見せている。特に、原因とされるMECP2遺伝子の異常を標的とした革新的な治療法の臨床応用が目前に迫り、患者家族に新たな希望を灯している。一方で、希少疾患ゆえの診断の遅れや、重度障害児の生活を支える社会的支援体制の「空白」は依然として深刻な課題として横たわっている。
第1章:遺伝子治療の最前線――「治らない病」からの脱却
レット症候群の約95%は、X染色体上にあるMECP2遺伝子の変異が原因で発症する。この遺伝子は脳の発達と機能に不可欠なタンパク質を生成するが、異常によりその機能が損なわれる。
治療研究の焦点は、このMECP2遺伝子の機能を回復させることに絞られている。現在最も注目を集めているのは、米Neurogene社が開発する遺伝子治療薬「NGN-401」だ。これは、アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを用いて正常なMECP2遺伝子を脳内に送り込む手法であり、第1/2相臨床試験において、投与された女児患者4人のうち、臨床的に有意な症状改善が確認された。安全性も良好と報告されており、米FDAや欧州医薬品庁から優先的な治療薬指定を受けている。2025年内には本格的な投与計画が進められており、レット症候群 遺伝子治療の実用化は目前に迫っている。
さらに、遺伝子発現量の緻密な制御を目指す研究も進む。エジンバラ大学の研究では、正常細胞と異常細胞が混在する「モザイク組織」に対応するため、遺伝子発現量を自己調整するシステムがマウスモデルで成功を収めた。また、日本国内の研究では、女性患者の細胞内で不活化されている正常なMECP2遺伝子を、エピゲノム編集技術によって再活性化させるという新しいアプローチが開発されている。これらの研究は、単なる遺伝子補充にとどまらず、細胞の多様性を考慮した高度な技術へと進化しており、進行性の症状を食い止める可能性を秘めている。
第2章:診断の壁と家族の孤立――早期発見の遅れがもたらす苦悩
一方で、医学の進歩とは裏腹に、患者家族が直面する日常の困難は大きい。レット症候群は1.5万人に1人という希少疾患であり、その特性から診断に至るまでに長い時間を要するケースが多い。
大阪府在住の谷岡哲次さんは、娘の紗帆さんが生後6ヶ月頃からハイハイやおすわりができなくなった異変に気づいたが、病院を転々としても原因が特定されず、不安が募ったという。レット症候群 早期発見の鍵は、生後6ヶ月~1歳半頃に現れる発達の停滞・退行や、手を揉むような特徴的な常同運動といった初期症状を正確に把握することにある。しかし、一般の医療機関ではこれらの症状を見過ごされやすく、小児神経科専門医による詳細な診察と遺伝子検査が不可欠となる。
診断の遅れは、家族の孤立感を深める。かつては情報が少なく、同じ境遇の家族とつながる機会も限られていた。谷岡さんは2011年に「NPO法人 レット症候群支援機構」を設立し、家族同士の交流だけでなく、研究支援や啓発活動を展開。「点で存在する家族が、まだ十分につながっていない」という課題に対し、オンライン化を通じて地域や年齢を絞ったつながりを提供し、孤立の解消に努めている。
第3章:高校卒業後の「空白」――社会的支援の拡充を
レット症候群は厚生労働省が指定する難病(告示番号156)であり、患者は難病医療費助成制度の対象となる。所得に応じた自己負担限度額が設定され、経済的負担は軽減される。
しかし、医療費助成があるにもかかわらず、家族が直面する最大の壁は、医療を超えた生活支援の不足だ。特に、重度障害を持つ子どもたちが高校を卒業した後、安心して通える生活介護や就労支援の場が圧倒的に不足している。谷岡さんのように「高校を卒業した途端、プツンと途切れてしまうような気がして」と、将来への不安を抱える家族は少なくない。
患者のQOL(生活の質)を向上させるためには、治療法の開発だけでなく、地域社会の理解と支援体制の拡充が急務である。NPO法人などの支援団体は、患者・家族・研究者をつなぐ「ハブ」として機能し、希望を届ける役割を担っているが、継続的な資金・人材支援が欠かせない。
レット症候群の研究進展は、他の難病治療にも応用可能な技術を生み出す可能性を秘めている。遺伝子治療がもたらす「治癒」への希望と、難病と共生するための「社会的な安心」の両輪を確立することが、今、日本社会に求められている。