【深度解説】私立高校無償化、所得制限を撤廃へ:財源と公立校の存立危機を問う
ニュース要約: 政府は2026年度からの私立高校無償化で所得制限を撤廃し、補助額も引き上げる最終調整に入った。これにより教育機会の公平性が高まる一方、年間数千億円規模の恒久財源確保が不透明なほか、生徒流出による公立高校の存立危機、授業料以外の家計負担など、制度の持続可能性を巡る課題が山積している。
【深度解説】私立高校無償化、所得制限撤廃で教育格差是正へ――問われる「恒久財源」と公立校の存立危機
(2025年11月21日 日本経済新聞/教育面)
政府は、2026年度からの高等学校等就学支援金制度の抜本的見直しに向け、最終調整を進めている。最大の焦点であった私立高校無償化における所得制限は、来春にも撤廃され、全世帯が支援の対象となる見通しだ。また、補助額の上限も現行の最大39万6,000円から、全国平均授業料相当額である45万7,000円に引き上げられる。これにより、保護者の経済的負担は大幅に軽減され、多様な進学選択が可能になるとして期待が高まる一方、年間数千億円規模とされる財源の確保や、教育環境全体への影響について、議論は続いている。
経済的ハードルの低下、進路選択の多様化
今回の制度改正の核心は、長年の課題であった教育機会の公平性の確保にある。現行制度では年収590万円未満の世帯に限定されていた支援が、所得制限撤廃により高所得層を含む全ての家庭に拡大される。これにより、経済的な理由で私立高校への進学を諦めていた層にとって、選択肢が劇的に広がることが予想される。
調査によれば、中学生の保護者の80.0%が「選択肢が広がった」と回答しており、従来の「とりあえず公立高校」という進路選択から、教育内容や進学実績を重視した学校選びへのシフトが進行中だ。特に都市部においては、特色あるカリキュラムを持つ私立高校が、経済的なハードルなしに現実的な選択肢となり得る。私立高校の授業料が実質的に無償化されることで、子どもの可能性を広げる教育投資への意欲が高まる効果も期待されている。
しかしながら、この支援拡大は新たな競争を呼び起こしている。多くの保護者(73.3%)は、無償化に伴う私立高校への志願者増加により、入試難易度や競争率が激化することを懸念している。
公立・私立の「競争」時代へ、懸念される公立校の活力低下
私立高校無償化の拡大は、日本の教育構造そのものに変化をもたらしている。従来、公立と私立は一定の公私比率を保つ「協力関係」にあったが、制度改正により、生徒獲得を巡る「競争関係」へと移行しつつある。
私立高校側は、生徒募集環境の劇的な変化に対応するため、入試科目を減らすなど、受験の敷居を下げる戦略を採用し始めている。都市部の私立高校は、補助額引き上げを背景に、教育の質向上や特色ある教育プログラムへの投資を加速させる見込みだ。
一方で、地方や過疎地域における公立高校の存立危機が深刻化している。経済的に余裕のある家庭の子どもが私立へ流出することで、一部地域では公立高校の定員割れが常態化し、統廃合のリスクに直面している。地域の教育インフラとして機能してきた公立高校の活力低下は、教育格差の是正という制度本来の目的に反する副作用として、早急な対策が求められる。
財源確保の不透明さと残る家計負担
制度の持続可能性を巡る最大の論点は、その財源である。政府試算では、私立高校無償化の全国的な拡大には、年間4,000億円から6,000億円規模の追加財源が必要とされている。与党間では「安定的な恒久財源を確保する」との方針が示されているものの、具体的な捻出方法は未だ不透明だ。
文部科学省は法人税増税を含む税制改正を要望しているが、与党内には増税回避を求める声が根強く、財源の裏付けがないまま大規模な支援策が先行することへの批判が野党や専門家から上がっている。国民の間でも「財源確保の難しさ」は最大の懸念材料となっており、今後の税負担増加や他の教育分野への予算圧迫が危惧されている。
さらに、授業料が実質無償化されても、保護者の家計負担は完全には解消されない。調査では、89.9%の保護者が入学金、施設費、教材費、制服代といった「授業料以外の費用」に対する負担を依然として感じていると回答している。これらの非授業料部分への追加支援や、私学側の便乗値上げを防ぐためのガバナンス強化も、喫緊の課題として浮上している。
私立高校無償化の本格実施は、日本の教育システムに不可逆的な変化をもたらす。この大改革を持続可能なものとするためには、財源の透明性を確保し、公立・私立双方の教育の質を担保するための長期的な教育ビジョンと、国民的な合意形成が不可欠となる。政府には、来年度の制度開始に向け、財源の明示と政策の理念を明確に示す責任が求められている。