シエナ乗馬クラブ火災:「馬が幸せ」理念の裏側で露呈した深夜の安全管理体制の構造的課題
ニュース要約: 育成強化と「馬が幸せ」を掲げるシエナ乗馬クラブで火災が発生。日中の手厚いケアとは裏腹に、深夜の無人管理体制という構造的課題が露呈した。生命を預かる施設としての責務と安全コストのバランスが、日本の乗馬クラブ業界全体に問われる事態となっている。
「馬が幸せ」を掲げるシエナ乗馬クラブ、火災で露呈した深夜の安全管理体制の構造的課題
狭山拠点の若手育成戦略と、生命を預かる施設の責務
2025年11月21日
埼玉県狭山市に拠点を置くシエナ乗馬クラブは、自然豊かな環境の中でイタリアンスタイルの乗馬を提供し、若手ライダーの育成に注力するクラブとして知られている。しかし、今月20日未明に発生した火災事案は、同クラブが誇る独自の「馬の安全管理と健康維持」の理念と、生命を預かる施設が抱える構造的な安全管理の課題を浮き彫りにした。
育成強化と「馬が幸せ」の理念
シエナ乗馬クラブは、西武池袋線仏子駅からの送迎や、関越自動車道川越IC、圏央道狭山日高ICからのアクセスが良い立地にありながら、都会の喧騒を離れた環境で乗馬体験を提供している。料金体系は、個人入会金22万円、年会費約10万2千円、騎乗料は45分で4,950円(競技馬騎乗9,900円)など、競技志向の会員も視野に入れた多様なプランを展開している。
このクラブの最大の特徴は、その独自の運営哲学にある。クラブは「馬が幸せであること」を最優先事項に掲げ、馬小屋の環境、精神状態、餌に至るまで徹底した配慮を行っている。これにより、精神的に安定した穏やかな馬が利用者に提供され、特に初心者でも安心して乗馬体験ができる環境を築いてきた。個別指導に近いマンツーマン形式のグループレッスンや、安全に配慮した障害レッスンも提供されており、指導の質の高さも評価されている。
また、競技力の向上にも積極的だ。若手ライダーの全国大会出場を目指し、馬場、障害、エンデュランスの各競技で年間約10回の競技会に積極的に参加している。さらに、勝利戦略の一環として、オランダやベルギーから元オリンピックライダーなどのトップ馬術家を招聘し、特別クリニックを年5~6回開催するなど、国際的な視点を取り入れた技術指導を徹底している。グループレッスンにおいても、一人のインストラクターが常時参加者の馬に寄り添うきめ細かい指導体制をとっており、若手育成への熱意は高い。
火災で露呈した深夜の管理体制
しかし、こうした手厚い日中の管理体制と育成戦略の裏側で、生命を預かる施設としての根幹的な課題が露呈した。
2025年11月20日未明、シエナ乗馬クラブの厩舎で火災が発生した。この深夜の火災では、馬の救出活動が困難を極めたことが報告されている。特に問題視されているのが、深夜の無人管理体制である。
乗馬クラブや牧場といった施設は、動物の生命を預かるという特殊な性質上、24時間体制での管理が理想とされるが、人件費や運営コストの制約から、深夜帯は無人となるケースが少なくない。今回の事案は、クラブの理念である「馬が幸せ」を追求する日中の徹底したケアと、火災発生時のような緊急事態における深夜管理体制の脆弱性との間に、大きなギャップが存在していたことを示唆している。
馬の安全管理は、単に日々の健康状態を維持するだけでなく、火災や自然災害といった予期せぬ事態への対応能力も含めて評価されるべきである。火災発生時の対応の遅れは、馬の生命へのリスクを高めるだけでなく、クラブの利用者や地域社会からの信頼にも直結する。
業界全体に問われる安全コスト
シエナ乗馬クラブがこれまで培ってきた、「馬が幸せ」を追求する理念と、国際的な視点を持った若手育成戦略は、日本の乗馬界にとって模範となる要素が多い。しかし、今回の火災は、乗馬クラブという事業形態が抱える構造的な課題、すなわち、高度な専門性を要する馬の飼育管理と、安全を担保するためのコストバランスの難しさを、改めて浮き彫りにした。
クラブは今後、冬季特別プログラムや年末の馬術イベントの開催可否を含め、運営体制の見直しを迫られることになるだろう。同時に、日本の乗馬クラブ業界全体も、今回の事案を教訓とし、経営効率と生命の安全管理を両立させるための、より強固な体制構築が求められる。特に、深夜の緊急時における迅速な対応と、馬の安全を最優先とする管理体制の確立は喫緊の課題であり、今後の動向が注目される。