「グルーミング」の光と影:13兆円市場と深刻化する性的搾取、現代社会の二律背反
ニュース要約: 「グルーミング」は今、子どもへの性的搾取準備行為として法規制の対象となる「影」の側面と、13兆円規模に成長するメンズグルーミング市場やペットケア市場という「光」の側面を持つ。SNS上での遠隔型性的グルーミングが深刻化し、面会要求等罪が新設された一方で、身だしなみとしてのグルーミングは自己投資として定着。本稿は、一つの言葉が示す二律背反の課題を浮き彫りにする。
「グルーミング」の光と影:進化する市場と深刻化する性犯罪、現代社会が直面する二律背反の課題
2025年11月24日
「グルーミング」という言葉が、今、日本社会の中で極めて対照的な意味合いを持ち始めている。一方は、個人のウェルビーイングやビジネスの成功を支える「身だしなみ」や「ケア」の代名詞として経済を牽引し、もう一方は、子どもたちの心身を深く蝕む「性的搾取の準備行為」として、新たな法規制の対象となっている。この二つの文脈における「グルーミング」の現状を追うことは、現代社会が抱える光と影を浮き彫りにする。
第一部:SNSに潜む脅威—「性的グルーミング」と法規制の限界
近年、インターネットやSNS、オンラインゲームを通じて子どもに接近し、信頼関係を築いた上で性的要求を行う「遠隔型性的グルーミング」が深刻化している。
チャイルド・ファンド・ジャパンが2025年3月に公表した調査では、「約8人に1人がオンライン上で性的手なづけ(グルーミング)の経験がある」と報告されており、被害が表面化しにくい実態が明らかになっている。特に男性への被害増加や、AI生成画像を用いた巧妙な手口の出現は、親や学校関係者に新たな警戒を促している。
この深刻な事態に対応するため、政府は令和5年7月、性犯罪関連法を改正し、「面会要求等罪(刑法182条)」を新設した。これは、16歳未満の子どもに対し、わいせつ目的で面会を要求したり、性的な姿態の映像を送信させる行為を処罰対象とするもので、性交等に至る前の「予備罪的性格」を持つ規制として注目を集めている。これにより、SNS上での遠隔型グルーミングへの介入が可能となった。
しかし、法規制には依然として課題が残る。規制対象が16歳未満に限定されているため、16歳・17歳の若年層を保護する枠組みが不十分である点や、えん罪のリスクを避けるための慎重な運用が求められる。また、被害者が抱える心の傷は深く、トラウマや自責感により相談しにくい環境が根強く残っている。ワンストップ支援センターやスクールカウンセラーなど、専門的な心理的・法的支援体制の強化と、被害者が安心して声を出せる社会環境の整備が急務である。
第二部:13兆円市場へ—成長を続ける「メンズグルーミング」の波
犯罪としての側面が厳しく規制される一方、経済活動としての「グルーミング」市場は急速な拡大を見せている。特に「メンズグルーミング市場」の成長は著しく、IMARC Groupの予測によれば、2033年には世界市場規模が909億3340万米ドル(約13.2兆円)に達すると見込まれている。
この市場成長を牽引しているのは、Z世代やミレニアル世代を中心とした若年層の意識変化だ。彼らにとって「身だしなみ」は単なる衛生習慣ではなく、自己表現やアイデンティティの一部と捉えられている。スキンケア、ヘアケア、そしてメイクアップを含む多様なグルーミング習慣は「当たり前」となり、ジェンダーレスビューティの進展とともに、市場の裾野を広げている。
ビジネスシーンにおいても、清潔感や整った外見はプロ意識や信頼性の象徴と見なされ、「見た目」が評価される傾向が強まっている。この需要に応える形で、朝の短時間で使える多機能スキンケアセットや、AIを活用した個別化・カスタマイズ製品、さらには持続可能性を重視したエシカルなグルーミング製品への関心が高まっている。デジタル化が進む現代において、メンズグルーミングは自己投資の一つとして定着しつつある。
第三部:健康を支える「ペットグルーミング」—冬のケアと専門性の需要
さらに、「グルーミング」は生活に密着した動物ケアの分野でも重要性を増している。特に冬場は、空気の乾燥によりペットの皮膚トラブルが発生しやすく、適切なペットグルーミングが健康維持に不可欠となる。
冬毛(アンダーコート)が増えることによる毛玉や皮膚炎のリスクを避けるため、飼い主にはこまめなブラッシングや、保湿ケアを重視したシャンプーが推奨されている。
近年は、単なる美容目的ではなく、健康管理の一環としてグルーミングサービスを利用する傾向が強まり、動物病院に併設されたサロンの需要が高まっている。専門のトリマーが皮膚や被毛の状態をチェックし、早期に異常を発見できる体制は、ペットの長寿化と健康意識の高まりを背景に、今後さらに重要性を増す見込みだ。
結び
「グルーミング」という一つの言葉が示す、犯罪の温床、経済の牽引力、そして生活の質の向上という三つの側面。私たちは、この多義的なキーワードに対し、社会的な脅威としての「性的グルーミング規制法」の周知徹底と予防策の強化を急ぐ一方で、生活を豊かにするメンズグルーミング市場やペットグルーミングの健全な発展を享受している。
現代社会は、デジタル化の恩恵とリスクが混在する中で、この「グルーミング」という行為の定義と向き合い続けなければならない。