難病を克服した宮川花子、夫婦漫才45年の奇跡と舞台復帰への執念
ニュース要約: 上方漫才の重鎮、宮川花子氏が血液のがん「多発性骨髄腫」との5年間にわたる壮絶な闘病を経て、舞台に完全復帰を果たした。夫・大助氏の献身的な介護と漫才師としての強い執念が実を結び、コンビ結成45年を迎えた夫婦漫才は健在。病を乗り越えた花子氏の再始動は、多くの人々に生きる勇気と希望を与えている。
闘病を乗り越えた「笑いの求道者」宮川花子 難病との激闘と夫婦漫才45年の矜持
【大阪】 上方漫才界の重鎮、宮川大助・花子の宮川花子氏(享年非公開)が、難病である症候性多発性骨髄腫との壮絶な闘いを経て、舞台に完全復帰を果たし、再び精力的な活動を展開している。2025年12月現在、コンビ結成から45年を超えた夫婦漫才は、病を克服した花子氏の確かな存在感とともに、新たな深みを増している。長きにわたり大阪の笑いを牽引してきた宮川花子氏の再始動は、ファンのみならず、多くの人々に生きる勇気と希望を与えている。(共同通信社/文化部)
難病「多発性骨髄腫」との5年間
宮川花子氏が血液のがんである多発性骨髄腫と診断されたのは2019年1月のことだった。これ以前にも胃がんや腰椎のがんなど、度重なる病と闘ってきた花子氏にとって、この難病は最大の試練となった。診断後、化学療法や放射線治療を含む過酷な抗がん剤治療が開始されたが、副作用との闘いも厳しく、漫才師の命とも言える握力は一時的にゼロにまで落ち込んだという。
約5年間に及ぶ闘病生活の中で、花子氏を支え続けたのは、夫であり相方である宮川大助氏の献身的な介護と、漫才師としての舞台への強い執念だった。大助氏は、介護士としての役割も担いながら、妻の体調を最優先にした活動を続けた。
そして、その努力が実を結ぶ。2023年には医師団から腫瘍が消失し「寛解状態」にあることが認められた。同年5月には、大阪・なんばグランド花月(NGK)の舞台に約5年ぶりに立ち、ファンの喝采を浴びた。この復帰劇は、単なる芸能活動の再開に留まらず、難病に立ち向かう人々の精神的な支柱となった。
夫婦漫才の「軽妙さ」健在
闘病からの回復は緩やかでありながらも確実だ。2024年4月にはNGKの本公演にも出演を果たし、2025年も舞台活動を積極的に行っている。特に同年4月には沖縄・那覇市での漫才公演に出演。病の影響を微塵も感じさせない、息の合った軽妙なトークと、花子氏の代名詞とも言えるボケが観客を大いに沸かせた。
宮川花子氏と大助氏が1979年にコンビを結成して以来、約45年間、彼らは「いつまでもあると思うな愛と金」などの名フレーズを生み出し、上方漫才界の第一人者としての地位を確固たるものにしてきた。1987年には上方漫才大賞大賞を受賞し、2017年には紫綬褒章も受章するなど、その功績は計り知れない。
花子氏の復帰を支える大助氏は、ネタ作りとツッコミを担当しながら、舞台上でも花子氏の体力を考慮した進行を徹底している。二人の漫才は、病という困難を共有したことで、以前にも増して深遠な夫婦の絆と、人生の機微を映し出す鏡となっている。
年末年始の動向とファンからの期待
現在、宮川花子氏は2025年末の舞台出演に向けて意欲的に取り組んでおり、年末年始の特番出演にも大きな期待が寄せられている。具体的な特番出演情報については現時点で明確な発表はないものの、12月9日・10日放送のフジテレビ「ノンストップ!」では、宮川大助・花子への直撃インタビューが予定されており、最新の活動状況や、闘病生活の裏側について語られる見込みだ。メディアの注目度の高さは、花子氏の復帰が持つ社会的なインパクトを物語っている。
また、2025年12月6日には淀川寛平マラソンに出場し、元気な姿を披露するなど、舞台以外での活動の幅も広げている。ファンからは「4年ぶりの漫才復帰は本当に嬉しい」「病に打ち勝った花子師匠の姿に勇気をもらった」といった声が相次いでおり、今後の更なる活動再開への期待は尽きない。
宮川花子氏が漫才を通じて伝え続けているのは、生かされていることへの感謝と、いかなる苦難があろうとも笑いを忘れないという漫才師としての強い矜持である。芸歴45年を超え、病と共生しながらも舞台に立ち続けるその姿は、私たちに「人生は笑いとともにあり続ける」という普遍的なメッセージを投げかけている。その動向は、2026年以降も引き続き注視されるべきだろう。