神戸ラーメン第一旭:老舗のDNAと進化する「神戸独自の醤油豚骨」の深層
ニュース要約: 創業50余年、「神戸ラーメン第一旭」は京都の系譜を受け継ぎながら、神戸独自の洗練された「醤油豚骨」文化を確立した。本稿では、その歴史的背景、豚骨のコクと醤油のキレを両立させた独自の味の秘密、さらに現代の多様なニーズに応える限定メニューやフランチャイズ戦略を深掘りする。神戸のソウルフードとして進化し続ける老舗の魅力を探る。
【深度探訪】神戸ラーメン第一旭:老舗のDNAと進化する「地域限定の味」
創業50余年、京都の系譜を受け継ぎながら、神戸独自の「醤油豚骨」文化を確立
(2025年11月27日 日本経済新聞 共同取材班)
神戸の食文化を語る上で欠かせない存在、それが「神戸ラーメン第一旭」である。1971年(昭和46年)の神戸進出以来、半世紀以上にわたり地域住民に愛され続けてきたこの老舗は、単なる人気店に留まらず、神戸独自のラーメン文化、特に「醤油豚骨」の潮流を確立した元祖的存在として、その地位を確固たるものにしている。
本稿では、京都本家から受け継いだ歴史的背景と、神戸進出後に遂げた独自の進化、そして2025年現在の事業戦略と最新の顧客動向を多角的に分析する。
1. 創業の系譜と神戸への定着
神戸ラーメン第一旭のルーツは、1947年(昭和22年)に京都で創業された「旭食堂」に遡る。その後、「第一旭」としてラーメン専門店へと業態を転換し、成功を収めた。神戸への進出は、創業者の三男である田口隆弘氏が1971年に「第一旭 神戸本店」を開店したことに始まる。
この進出は、関西におけるラーメン文化の多様化を促す重要な転機となった。1984年には有限会社アサヒフーズ(現・株式会社アサヒフーズ)を設立し、「神戸ラーメン第一旭」としてブランドを統一。フランチャイズ事業を本格化することで、安定した品質と効率的な店舗運営を実現し、今日の強固な経営基盤を築き上げた。
2. 神戸独自の進化:洗練された醤油豚骨
京都の第一旭が豚骨ベースの醤油ラーメンを特徴とするのに対し、神戸ラーメン第一旭は、より洗練された「醤油豚骨」のバランスを追求している。
神戸独自のスープは、肉の出汁と厳選醤油を融合させ、豚骨の深いコクと醤油の鋭いキレを両立させている。一口目は意外とあっさりとしているものの、提供される自家製チャーシューから溶け出す脂身が後半にかけてコッテリ感を増すという、計算された味の変化が特徴だ。
この独自の醤油豚骨は、神戸のソウルフードとして知られる「もっこすの中華そば」など、後の地域ラーメン文化にも少なからぬ影響を与えたとされる。まさに、神戸ラーメン第一旭は、神戸のラーメン文化の礎を築いたと言えよう。
トッピングにも神戸流の贅沢さが見られる。看板メニューの一つである「Bラーメン」は、丼の縁を覆い尽くすほどの自家製チャーシューが特徴であり、肉好きからの高い支持を集めている。さらに、ネギとモヤシが多めに盛り付けられることで、濃厚なスープでありながら後味をスッキリとさせる工夫が凝らされている。麺は低下水系のストレート細麺を採用し、やや硬めのゆで加減でプツプツとした歯応えがスープをしっかりと吸い上げる。
3. 多様な顧客ニーズに応える現代の戦略
老舗でありながら、神戸ラーメン第一旭は常に顧客体験の向上を図っている。
メニュー構成は、ラーメン、チャーハン、餃子に限定することで、人件費の節減と品質の安定化を図っている。しかし、単調ではない。三宮本店では、通常メニューの醤油に加え、ヒマラヤ産岩塩を用いた「塩らーめん」を提供し、顧客に選択肢を与えている。また、卓上にはニンニクや焦がしニンニクチップが用意されており、客が自由に「味変」を楽しめる点も、現代の多様なニーズに対応した結果と言える。
さらに、2025年冬の最新情報として、季節限定メニューの展開も注目されている。寒い季節にも関わらず、1年ぶりに「冷麺」を復活させたほか、「貝出汁ラーメン」や「鯖そば元味」といった素材の旨味を凝縮した限定麺を投入し、定番の味に加えて季節ごとの魅力を創出している。
混雑状況については、店舗や時間帯によって差はあるものの、新長田店などでは平日昼時でも待ち時間なしで入店できるケースが報告されており、比較的利用しやすい状況にあるようだ。
4. 地域と共に進化する老舗の展望
創業から今日まで、神戸ラーメン第一旭は、京都本家の伝統を守りつつも、神戸という地域特性に合わせて柔軟に進化を遂げてきた。洗練された「醤油豚骨」の味は、単なるノスタルジーに留まらず、フランチャイズ展開による安定した品質管理と、時代に合わせた限定メニューや「味変」の提供によって、新たな顧客層を取り込み続けている。
昭和から令和の時代を通じ、神戸の食文化を牽引してきた神戸ラーメン第一旭。その一杯は、歴史と革新が交差する、地域限定のソウルフードとして、今後も神戸の街と共に歩み続けるだろう。