グレート義太夫、心筋梗塞と人工透析を乗り越え再起—壮絶な闘病とたけし軍団での活動
ニュース要約: お笑いタレントのグレート義太夫氏(66)が、長年の糖尿病、人工透析、そして心筋梗塞という生命の危機を乗り越え、精力的に活動を再開している。自身の闘病経験を教訓として発信しながら、浅草東洋館や「たけし軍団TV」などで活躍。師匠ビートたけし氏との変わらぬ絆も健在だ。
危機を乗り越え、芸の道へ—グレート義太夫氏、壮絶な闘病と創作活動の現在地—
お笑いタレントのグレート義太夫氏(66)が、度重なる重篤な健康問題を乗り越え、再び精力的に芸能活動を続けている。1995年に発症した糖尿病に端を発する長期の闘病生活は、2007年からの人工透析を経て、2024年8月には心筋梗塞という生命の危機に直面した。しかし、幾度もの大手術とリハビリテーションを経て、彼は現在、自身の体験を教訓として広く発信しながら、演芸、音楽、執筆と多岐にわたる創作活動に強い意欲を示している。
壮絶な闘病、度重なる手術を乗り越えて
グレート義太夫氏が直面してきた健康問題は壮絶だ。長年の不摂生な生活習慣が引き起こした糖尿病は悪化の一途を辿り、末期腎不全に至り、2007年からは週3回の人工透析治療が欠かせない。
特に2024年8月には、深酒と暴飲暴食の末、心筋梗塞で倒れ、10時間に及ぶ緊急手術を受けた。その後も2024年11月、そして2025年8月にも再び心臓関連の手術(カテーテルによる静脈拡張処置)を受け、入退院を繰り返している。
義太夫氏は、かつて体重120キロに達し、自覚症状がない初期段階で病気を真剣に受け止めなかった過去を深く後悔している。彼は自身の経験を「糖尿病患者の教訓的な事例」として捉え、講演活動を通じて、早期発見と継続的な自己管理の重要性を強く訴えている。彼は現在もリハビリを続け、「しこたま痛い」と語りながらも、体重管理(ドライウェイト)の記録をブログで公開するなど、病と向き合う姿勢は毅然としている。
浅草東洋館からYouTubeへ、活動の幅を広げる
2025年8月の再手術・入院からの復帰後、グレート義太夫氏は多方面で活動を再開している。
彼の活動の中心の一つは、師匠であるビートたけし氏が率いる「たけし軍団」関連のメディアだ。YouTubeチャンネル「たけし軍団TV」では定期的に配信を行い、2025年11月20日には登録者1万人記念の生配信を実施するなど、ファンとの交流を深めている。
また、生粋の演芸人としての活動も健在だ。体調と透析治療のスケジュールを調整しながら、2025年11月29日、30日には浅草の浅草東洋館で「歌と笑いの音楽祭」や「特選 ボーイズ&バラティ」に出演予定であり、「外に出ていられるうちは寄席にもまだまだ出たい」との意欲を燃やしている。
さらに、自宅では芝居の音楽制作や、執筆といった創作活動にも精力的に取り組んでいる。彼の「人生経験・体験談」をテーマとした講演は、特に健康や医学に関心を持つ層から注目を集めている。
師匠・たけしとの変わらぬ絆
グレート義太夫氏とビートたけし師匠との師弟関係は、長年にわたる闘病生活の中でも変わらぬ強さを見せている。もともとドラムの特技でたけし氏のバックバンドに入り、軍団の中心メンバーとなった義太夫氏。
闘病中の義太夫氏に対し、たけし師匠が「芸名変えなきゃいけねえな。夏目透析というのはどうだ」と冗談を飛ばしたというエピソードは、師弟間の距離感の近さを物語る。義太夫氏は「初めて断った」と笑いながらも、そのユーモラスな励ましに元気をもらっている様子が窺える。
また、2010年代のたけし氏の独立騒動時、軍団が元の事務所に残るという複雑な状況下でも、義太夫氏は「どこにいても離れていても『師弟』の関係は変わりません」とSNSで発信し、師匠への変わらぬ敬意を示した。
さらに、1986年のフライデー襲撃事件後に「志村けん氏が軍団の生活費を援助した」という長年のネット上の美談に対し、義太夫氏が当事者として「初耳」「そんな事実はない」と明確に否定するなど、彼はたけし軍団の真実を伝える重要な語り部としての役割も担っている。
健康への警鐘と前進
グレート義太夫氏の人生は、病との闘いと、芸人としての表現活動への情熱が交差する日々だ。彼は「無理のない範囲で頑張って」と、自身の経験を通じて闘病者や一般の人々にメッセージを送り続けている。
心筋梗塞や糖尿病性腎症という重い病を抱えながらも、舞台に立ち、創作を続けるその姿は、多くの人々に生きる勇気と、健康維持への切実な警鐘を投げかけている。(了)