中日ドラゴンズ、「聖地」ナゴヤ球場の2軍本拠地移転を発表!2030年代前半目標で育成を抜本強化
ニュース要約: 中日ドラゴンズは、老朽化と手狭さが課題となっている「聖地」ナゴヤ球場(2軍本拠地)を2030年代前半に移転させる計画を公表した。これは育成環境の抜本的強化が目的で、2026年度前半に移転先の地方公共団体を公募する。新施設は複数のグラウンドや最新設備を備え、地域活性化にも貢献する。
中日ドラゴンズの「聖地」に転機:ナゴヤ球場、2030年代前半の2軍本拠地移転へ 育成強化と地域連携を視野に
【名古屋】 中日ドラゴンズの歴史を見守ってきた「聖地」、ナゴヤ球場(名古屋市中川区)が、その役割を戦略的に再編する岐路に立たされている。球団は去る11月27日、老朽化と手狭さが課題となっている同球場に代わる2軍本拠地の移転先を公募すると発表した。これは、若手育成環境の大幅な強化を目指す球団の長期戦略の一環であり、2030年代前半の実現を目標とする一大プロジェクトとなる。
昭和史を彩った「ナゴヤ球場」の重み
ナゴヤ球場は、1948年(昭和23年)に「中日スタヂアム」として開場して以来、日本のプロ野球史に深く刻まれる舞台を提供してきた。1949年から1996年まで中日ドラゴンズの1軍本拠地として機能し、特にファンにとっては、1974年に巨人のV10を阻止し20年ぶりのリーグ優勝を果たした歓喜の瞬間や、1994年の「10・8決戦」といった、国民的行事として語り継がれる名場面の舞台となった場所だ。
住宅街に位置する同球場は、観客席とグラウンドの距離が近く、庶民的で熱気溢れる雰囲気が特徴だった。1997年にナゴヤドーム(現バンテリンドームナゴヤ)へ本拠地が移転した後も、ナゴヤ球場は2軍(ウエスタン・リーグ)の本拠地および練習施設として、その役割を継承してきた。
現在も、オフシーズンには未来のドラゴンズを担う若竜たちの活動拠点として機能している。例えば、2025年ドラフト1位の中西聖輝投手を含む新人選手たちは、合同自主トレ開始前の11月下旬に、このナゴヤ球場の施設を見学し、先輩選手との顔合わせを行うなど、プロとしての第一歩を踏み出す重要な場となっている。
老朽化と手狭さ、機能強化が急務
しかし、開場から70年以上の時を経たナゴヤ球場は、老朽化が深刻な課題となっている。また、現代のプロ野球における高度な育成体制を支えるには、練習施設が手狭であるという問題も指摘されてきた。
球団が今回打ち出した移転計画の核心は、単なる場所の変更ではなく、「育成機能の大幅な強化」にある。
移転実現の目標は2030年代前半。これに向け、2026年度前半には東海地方の地方公共団体を対象に、移転先の公募を開始する予定だ。新本拠地には、若手選手が最高の環境で成長できるよう、複数のグラウンド、充実した屋内練習場、選手寮、クラブハウス、そして十分な駐車場を備えることが必須条件とされる。
特に注目されるのは、立地条件だ。新本拠地はバンテリンドームナゴヤから車で原則1時間以内というアクセス要件が設定されており、1軍と2軍が連携しやすい環境を維持しつつ、広大な敷地を確保できる場所が求められる。
地域活性化への期待と「聖地」の継承
今回の公募方式は、中日ドラゴンズが地域社会との連携を深め、スポーツ振興と地域経済の活性化に貢献しようという強い意志の表れでもある。受け入れを希望する地方自治体にとっては、プロ球団の育成拠点を誘致することで、年間を通じた集客や地域ブランド向上に繋がる大きなチャンスとなる。
球団関係者は「育成環境の抜本的な改善なくして、常勝チームの構築は難しい。新施設は、最新のトレーニング設備を備え、故障のリスクを軽減できる環境を整備したい」と語る。
ナゴヤ球場が担ってきた歴史的役割は計り知れないが、プロ野球界の競争が激化する現代において、育成体制の最適化は避けて通れない戦略だ。
今後、ナゴヤ球場がその役目を終えた後の敷地の活用方法についてはまだ公表されていないが、ファンが愛した「聖地」の記憶は、新たな育成拠点へと確実に継承されることだろう。中日ドラゴンズの未来を左右するこの戦略的移転計画は、東海地方全体が注目する一大テーマとして、今後も議論の中心となりそうだ。(了)