水木しげる 没後10年：妖怪文化遺産と戦争の記憶、共生へのメッセージ

没後10年、水木しげるが残した「妖怪」という文化遺産：戦争の記憶と共生のメッセージ

【東京・境港共同】 2025年11月30日、日本の漫画文化に計り知れない足跡を残した巨匠、水木しげる氏が没後10年を迎える。氏が確立した「妖怪」の世界観は、単なるエンターテインメントの枠を超え、日本の伝統文化、地域振興、さらには平和思想の根幹として、現代社会に強固なレガシーを築いている。この節目を記念し、全国各地で特別展や記念出版、新作舞台「ゲゲゲの鬼太郎 2025」の上演など、多角的な追悼企画が展開されており、その文化的価値が改めて見直されている。（2025年11月27日付）

妖怪を「文化財」へ昇華させた功績

水木しげる氏（1922-2015）の最大の功績は、かつて迷信や恐怖の対象であった妖怪たちを、学術的かつ体系的に再構築し、現代的な「文化財」として昇華させた点にある。

氏は、漫画家であると同時に熱心な妖怪研究家でもあり、『妖怪大全』をはじめとする著作を通じて、日本各地の伝承や民俗学的資料を丹念に調査した。これにより、妖怪は単なる怪談ではなく、日本人固有の精神性や自然観を映し出す存在として、再評価のきっかけを作った。

代表作『ゲゲゲの鬼太郎』が持つ普遍性も、没後10年を経てもなお、国内外で支持される理由だ。鬼太郎や目玉おやじといった個性豊かな妖怪たちは、時に人間よりも人間らしい社会性や葛藤を抱え、人間社会の縮図として描かれてきた。その根底に流れる、異質な存在との共生や、差別・権力に対する批判精神は、現代社会が直面する多様性や平和のテーマと深く共鳴しており、国際的な評価も高まっている。

従軍経験が刻んだ「死」と「無意味な暴力」

水木しげるの創作活動の深層には、太平洋戦争における壮絶な従軍体験が横たわっている。1943年、ニューブリテン島ラバウルへ配属された氏は、極限状態のジャングルをさまよい、爆撃で左腕を失うという甚大な負傷を負った。

この経験は、氏の生涯を通じて「死」と「戦争の不条理」を語る原動力となった。その実体験を基にした戦争漫画『総員玉砕せよ！』や『敗走記』では、上官による無意味な暴力、飢餓、マラリアといった、戦場の生々しい現実が淡々と描かれる。兵士たちの無残な「死にざま」を通じて、戦争そのものへの根深い怒りと、人間の尊厳を問うメッセージが刻まれている。

没後10年を迎えた今、氏の作品は、戦後世代へ戦争の記憶を伝える貴重な記録として、改めて注目を集めている。

地域経済の核、境港「水木しげるロード」の賑わい

水木しげる氏のレガシーは、文化芸術の領域に留まらず、地域経済にも多大な貢献を果たしている。氏の出身地である鳥取県境港市の「水木しげるロード」は、年間100万人以上が訪れる屈指の観光地だ。

約800メートルにわたる商店街には、177体（または178体）の妖怪ブロンズ像が設置され、街全体が「妖怪の町・境港」として徹底的にブランド化されている。JR境港駅の「鬼太郎駅」化や、体験型の「妖怪スタンプラリー」など、観光客を引きつける仕掛けが地域住民の参加を促し、商店街の活性化に直結している。

夜間には幻想的なライトアップ演出が施され、昼夜問わず賑わいを見せており、国際観光の拠点としても機能し始めている。

また、氏の命日（11月30日）前後に調布市で毎年開催される「ゲゲゲ忌2025」では、ファンが集い、最新の映画情報やアニメ傑作選の上映を楽しむ場を提供。記念書籍『ゲゲゲのゲーテ』の発売や、新作グッズの展開も活発であり、多世代にわたるファン層の継承が図られている。

水木しげるが残した「妖怪」は、単なるフィクションではなく、日本人固有の死生観や、困難な時代を生き抜く知恵を内包した不朽の財産である。没後10年を機に、その思想と作品が、今後も時代の変化に対応しながら、日本の文化の根幹として深く語り継がれていくことは間違いない。