M-1さや香・新山に迫る「型」と「変態」のジレンマ:梅沢富美男が示す王者の条件
ニュース要約: M-1優勝候補筆頭のさや香・新山は、緻密に練り上げた「型」の漫才と、永世名人・梅沢富美男氏が説く「漫才は変態が勝つ」という持論との間でジレンマに直面している。梅沢氏の厳しい批評は、技術を超えた「異質な輝き」を要求。さや香が過去の壁を破りM-1王者に輝くには、「型破りな変態性」を発揮できるかが焦点となる。
M-1直前、さや香・新山が直面する「型」と「変態」のジレンマ:梅沢富美男の「漫才論」が映す王者の条件
【東京発】 2025年11月30日。年末の風物詩であるM-1グランプリの決勝を目前に控え、今年の賞レースは例年になく熱を帯びている。特に、2022年準優勝、2023年3位と安定した成績を残し、名実ともに優勝候補筆頭と目されているのが、お笑いコンビ「さや香」だ。
彼らの漫才は、ボケの石井が繰り出す素っ頓狂な発想に対し、ツッコミのさや香 新山が熱血教師さながらのハイテンションで切り返す「パワー系しゃべくり漫才」として知られる。しかし、この盤石に見える「型」の追求こそが、彼らがM-1という極限の舞台で直面する葛藤の源となっている。
その葛藤を象徴するのが、芸能界の「ご意見番」であり、永世名人として知られる梅沢富美男氏の存在だ。
辛口批評の裏にある「変態論」
梅沢氏は以前より、漫才の本質について独自の持論を展開している。その一つが「漫才は“変態”が勝つ」という強烈な言葉だ。梅沢氏は、型にハマった漫才ではなく、「普通じゃない人間が持つ、常識外れな発想やセンス」こそが、賞レースで頂点を極める鍵だと説く。
この梅沢氏の「変態論」は、さや香 新山の活動の場でも、間接的にプレッシャーとして作用している。
梅沢氏と新山が共演する機会が多いのが、バラエティ番組『プレバト!!』の俳句コーナーだ。新山は俳句に真摯に取り組んでいるものの、梅沢氏から幾度となく「凡人」の辛口評価を受けている。「才能なし」の烙印を押された経験もあり、「俳句の女神を振り向かせたい」と奮闘中だ。
梅沢氏の俳句批評は、新山の技巧や構成力に対する厳しさの表れであり、それはそのまま、さや香の漫才スタイル、すなわち「型を磨き上げた構成のしっかりした漫才」に対する、無意識の要求とも読み取れる。梅沢氏の基準は、技術的な完成度を超えた「異質な輝き」にあるからだ。
「型」の追求と「変態」への意識
さや香がM-1で勝ち上がってきた要因は、徹底的に練り上げられた「型」の精度にある。新山は、M-1決勝進出自体が芸人としての実力証明であり、「自分たちの実力や寿命を試す場」と捉えている。優勝至上主義から一歩引いた、冷静なプロ意識が、彼らのネタの安定感を生んでいる。
しかし、新山自身もまた、賞レースの舞台で「普通じゃない人間が生き残る」という梅沢氏の持論を意識せざるを得ない状況にある。
新山は、R-1グランプリの決勝進出時、「R-1は“変態”しか残れない」と語っている。これは、漫才という枠組みを超えた個人の能力を試される場で、「型」だけでは通用しないことを痛感している証左だ。
M-1決勝という極限の状況下では、緻密な構成力を持つさや香であっても、観客や審査員の予想を裏切る「変態的」な飛躍が求められる。彼らが過去2年、準優勝や3位に留まった背景には、この「型を破る一瞬の狂気」が足りなかったのではないかという分析もある。
優勝候補の葛藤:リスクとリターン
現在、さや香は「優勝候補筆頭」という栄誉と、それに伴う極度のプレッシャーを背負っている。新山は以前、M-1準優勝後に「5万円を競馬で失った」と冗談めかして語るなど、賞レース後の虚無感や、労力に見合うリターンが得られるかというリアリストな視点も持っている。
M-1の舞台で求められるのは、新山の言葉を借りれば「自分たちがおもしろいと思えるかどうか」を貫き通す強さだ。
梅沢富美男氏が要求する「変態性」とは、単なる奇抜さではなく、磨き上げられた「型」を土台としつつも、それを一瞬で超越する発想の自由さ、つまり「型破りなセンス」を指す。
さや香 新山が、梅沢氏から俳句で「凡人」と評された悔しさをバネに、漫才の舞台で「型」の完成度を保ちながらも、予測不可能な「変態性」を発揮できるか。2025年M-1グランプリの行方は、この二律背反する要素をいかに昇華できるかにかかっている。彼らの挑戦は、漫才という芸術における「王道の追求」と「異端の輝き」の境界線を問い直すものとなるだろう。