田中泯が継ぐ坂本龍一の動的遺産:「sakamotocommon」で交わす身体と音の対話
ニュース要約: 2025年に本格展開する坂本龍一氏の遺産継承プロジェクト「sakamotocommon」において、舞踏家・田中泯氏が重要な役割を担っている。田中氏は、坂本氏の「最初で最後のシアターピース」主演に加え、ドキュメンタリー映画での日記朗読を担当。完成よりもプロセスを重んじる坂本氏の哲学を、自身の身体表現を通じて動的に未来へ継承する。
身体と音が交わす「無言の対話」――田中泯が継ぐ、坂本龍一の動的遺産
2023年3月に鬼籍に入られた世界的音楽家、坂本龍一氏が遺した膨大な知的・物質的遺産を未来へと継承する試み「sakamotocommon(サカモトコモン)」が、2025年、本格的な展開を見せている。この動的な追悼企画において、最も重要な役割を担っているのが、舞踏家・田中泯氏だ。ジャンルを超越した二人の巨匠が生前に築いた「言葉に頼らない表現」への共通の探求心は、今、田中氏の身体を通じて、新たな芸術的共鳴を生み出し続けている。
芸術の根源を巡る「最後のシアターピース」
坂本龍一と田中泯の関係は、単なるコラボレーターという枠を超え、芸術と人間性の根源を巡る深い対話によって培われてきた。特に坂本氏の晩年、その関係性は結実し、二人は複数の重要なプロジェクトを共にした。
その象徴が、2024年に日本で初上演された坂本龍一氏の「最初で最後のシアターピース」とされる『TIME』である。この作品で田中氏は主演を務め、音と身体の境界が曖昧になる空間の中で、極限まで研ぎ澄まされたパフォーマンスを披露した。坂本氏が求めた「時間の流れ」や「自然との調和」といった音楽的哲学は、田中氏の身体表現を通じて具現化され、観客に深い感動を与えた。
また、坂本氏と高谷史郎氏(ダムタイプ)によるインスタレーション作品『LIFE – fluid, invisible, inaudible…』においても、坂本氏は田中氏に踊ってほしいと強く希望していたという。2025年9月、sakamotocommon OSAKAにおける特別プログラムとして実現したこの一夜限りの共演は、坂本氏の「音のない音楽」と田中氏の「見えない身体」の探求が交差する、貴重な瞬間となった。
日記朗読に込められた遺志の継承
田中泯氏が坂本龍一氏の遺志を継ぐ活動は、舞台だけに留まらない。2025年11月28日に公開されたドキュメンタリー映画『Ryuichi Sakamoto: Diaries』(監督:大森健生)において、田中氏は坂本氏が綴った最後の日々の日記を朗読するという重要な役割を担っている。
生前、田中氏は坂本氏との出会いを振り返り、「芸術に関する話題だけでなく、自然や人間の生き方について夜が白むまで語り合った」と明かしている。この映画における日記朗読は、単なる追悼行為ではなく、二人の間に存在した「宇宙的世間話」と称される深い信頼関係を象徴している。田中氏が選ばれたのは、坂本氏が「言葉」にして出さないことを表現し続けてきた田中氏の芸術的姿勢を、坂本氏自身が深く理解し、信頼していたからに他ならない。
プロセスを耕し続ける「sakamotocommon」の哲学
sakamotocommonプロジェクトの根幹にあるのは、「完成した作品よりもプロセスが面白い」という坂本龍一氏の哲学である。遺されたものは美術館に収蔵されるべきではなく、常に耕され、更新されていくべきもの、という思想のもと、このプロジェクトは展開されている。
2025年の大阪展では、若き日の坂本氏が1970年の大阪万博で出会ったバシェ音響彫刻に再び向き合った貴重な音源LP盤が没後初めて発表されるなど、未発表の資料が次世代のクリエイターへ届けられている。
そして、この哲学は田中泯氏の最新の創作活動にも深く影響を与えている。田中氏の2025年の新作舞台『彼岸より』(美術:名和晃平)は、坂本氏の音楽が持つ「空間性」や「時間の流れ」を、身体と彫刻、音楽が融合した「現象」として舞台に創出する試みだ。直接的な音楽のコラボレーションではないものの、田中氏が坂本氏から受け継いだ「音楽は空間そのものである」という思想が、舞台構成の隅々に反映されている。
坂本龍一と田中泯——音楽と身体表現という異分野の巨匠が交わした芸術的対話は、今もなお、私たちに創造性の重要性を問いかけている。単なる回顧に留まらず、田中氏という表現者の身体を通じて、坂本氏の遺産が動的な形で未来へと継承されていくプロセスは、現代芸術における最も注目すべき動向の一つと言えるだろう。