『いいことわるいこと』間宮祥太朗が体現した善悪の境界線:第8話「刑事潜入」の衝撃
ニュース要約: 予測不能な展開で話題のドラマ『いいことわるいこと』。間宮祥太朗演じる主人公は、善悪の境界で孤立する複雑なキング像を熱演し、TVer再生数も歴代1位を記録。過去のいじめと連続殺人の真相を追う中、第8話で常連客・宇都見(木村昴)が捜査一課の刑事と判明する衝撃の展開を迎えた。
衝撃のクライマックスへ:『いいことわるいこと』が問いかけた「善悪の境界線」——間宮祥太朗が見せた複雑な主人公像
2025年秋クールの日本テレビ系土曜ドラマ『いいことわるいことドラマ』が、その予測不能な展開と、現代社会の倫理観に深く切り込むテーマ性により、大きな反響を呼んでいる。主演の間宮祥太朗が演じる主人公・高木将を中心に、小学校時代のタイムカプセルを契機に発覚した連続殺人事件の真相を追う本作は、単なるミステリーの枠を超え、「善悪の境界線」を巡る社会派ドラマとして視聴者の考察熱を極限まで高めている。
特に終盤となる第7話、そして衝撃の展開が予告されたいいことわるいこと 8話を前に、SNS上での議論は沸騰し、TVerでの再生回数も日テレドラマ史上歴代1位を記録するなど、その話題性は群を抜いている。
1.「被害者と加害者」が反転する現代社会の縮図
『良いこと悪いこと ドラマ』の成功の鍵は、その重層的なテーマ設定にある。過去のいじめが現在の連続殺人に繋がるという構図は、一見するとシンプルな復讐劇に見えるが、ドラマが提示するのは「誰が本当に悪いのか」「正義とは何か」という普遍的かつ曖昧な問いだ。
視聴者からは、「被害者だった者が加害者となり、加害者だった者が被害者面をする」という展開が、現代社会における集団心理や匿名性の問題を鋭く描いているとの指摘が多い。外野の無関係な人々が一斉に石を投げる様子は、インターネット上の炎上文化や、安易な断罪に慣れてしまった現代人の姿を象徴しているかのようである。
登場人物それぞれが抱える「言えない・言いたくない思い」や、過去のトラウマが丁寧に描かれることで、視聴者は特定のキャラクターを単純に「善」や「悪」と断じることを拒否され、深く考えさせられる構造になっている。
2.間宮祥太朗が体現した「孤立するキング」の苦悩
主演の間宮祥太朗は、高木塗装の三代目社長でありながら連続事件に巻き込まれる高木将(通称キング)を熱演している。当初、正義感の強いリーダーとして描かれた高木は、物語が進むにつれて、仲間を守るための責任感から周囲を突き放し、孤立を選ぶという複雑な内面を見せ始めた。
第6話で高木が仲間に対し「遊びじゃねぇんだよ。これ以上、関わってくんな」と冷徹な言葉を浴びせるシーンは、視聴者に強い印象を与えた。これは、彼が単なるヒーローではなく、優しさと厳しさ、配慮と孤立という相反する感情に引き裂かれる、人間味あふれるキャラクターであることを示している。
間宮の深みある演技は、この主人公の「諦めないことにしたんだ」という決意と、事件の闇に引きずり込まれる葛藤を鮮やかに描き出し、多くの視聴者の共感を呼んだ。この心理描写のリアルさこそが、ドラマのAVOD再生回数(第5話時点で332万回)を押し上げる原動力となったと言えるだろう。
3.第8話が残した衝撃と広がる「刑事潜入説」
物語はクライマックスを迎え、特に第7話、そして続くいいことわるいこと 8話の展開は、視聴者に戦慄を与えた。
まず、常連客「ちょんまげ」(森優作)が殺害されるという悲劇的な最期は、視聴者に「誰が悪いのか」という問いを突きつけ、考察熱を一気に高めた。そして第8話のラストシーンでは、スナック「イマクニ」の常連客であった宇都見啓(木村昴)の正体が、一連の事件を追う警視庁・捜査一課の刑事であったことが判明し、ネット上では「まさかの展開に腰を抜かした」といった驚愕の声が多数寄せられた。
宇都見がイマクニに通っていたのは張り込みや捜査の一環であり、「イマクニの店主(戸塚純貴)をマークしていたのでは」という新たな考察も生まれている。さらに、予告で流れた「やっと気づいた」という謎の声は、真犯人の本性が現れたのか、それともミスリードなのか、次週への期待と不安を煽っている。
卒業アルバムの黒塗りやUSBの行方など、未回収の伏線は多数残されており、視聴者や考察系YouTuberの間では、真犯人特定に向けた議論が白熱している。
4.結びに:現代社会への警鐘として
『いいことわるいこと』は、全話平均視聴率こそ5.59%と地味ながらも安定した推移を見せ、土ドラ9枠として確固たる存在感を示した。このドラマが最終回に向けて加速する中で、我々に残す問いは重い。
登場人物たちの「善」と「悪」の境界線が曖昧になるにつれ、視聴者は自身の倫理観を試されている。間宮祥太朗が演じた高木の苦悩は、現代社会の複雑な人間関係や、過去の過ちから逃れられない人間の普遍的なトラウマを映し出していた。
この衝撃的な結末が、単なるミステリーの解決に留まらず、我々が生きるこの社会の「善悪のあり方」について深く考えさせる契機となることを期待したい。