耽美と狂気：江戸川乱歩の傑作『黒蜥蜴』、異色のオールメイル・バーレスク舞台化

耽美と退廃の系譜：江戸川乱歩『黒蜥蜴』が現代に問いかける「美」の変容、オールメイル舞台化の挑戦

時代を超えて響く「悪の美学」

大正、昭和の日本探偵小説界を牽引した巨匠、江戸川乱歩の長編『黒蜥蜴』は、発表から数十年を経た現代においても、その妖艶でミステリアスな魅力で再解釈が繰り返されている。特に、絶世の美女でありながら大胆不敵な犯罪を繰り返す女賊「黒蜥蜴」と、彼女を追う名探偵・明智小五郎との間に交錯する知的な駆け引きと、互いを認め合う共犯的な関係性は、「美と死」「常識と狂気」という根源的なテーマを内包しており、単なる推理小説の枠を超越した耽美主義的な傑作として評価されてきた。

乱歩が創造したこの独特の世界観は、後の文学界にも大きな影響を与えた。特に、昭和の文豪・三島由紀夫による戯曲化は、原作に潜在していた官能的かつ美的な要素を鋭敏に掬い取り、三島特有の耽美主義的文体で強調することで、作品に新たな文学的深みを加えたとされる。黒衣のドレスを纏い、変装術を駆使する「黒蜥蜴」のキャラクター像は、映像化や舞台化を通じて確立され、現代のファッションやミステリ文化における妖艶な女性像の原型の一つとして、今なお強い影響力を持ち続けている。

異色の挑戦：オールメイルによる「バーレスク」

その不朽の名作が、2025年2月にスペー ス・ゼロにて、極めて挑戦的な形で現代に蘇る。「黒蜥蜴～Burlesque KUROTOKAGE～」と題された最新の舞台化は、すべてのキャストを男性で構成する「オールメイル」での上演という異色の試みで注目を集めている。

本作の最大の魅力は、原作が持つ耽美でグロテスクな世界観を、歌やダンス、ショー的な要素を融合させた「バーレスク」として再構築している点にある。演出を劇団鹿殺しの丸尾丸一郎氏が手掛け、脚本をエスムラルダ氏が担当。従来の黒蜥蜴のイメージを覆す、新感覚の舞台芸術が目指されている。

特にキャスティングは豪華な顔ぶれが揃った。主演の黒蜥蜴役は、雷太と島田惇平がWキャストで務める。二人は絶世の美女としての磁力と、謎めいた犯罪者としての冷酷さを、男性が女性役を演じることで生まれる独特の耽美的な緊張感をもって表現しているという。対する明智小五郎役も、雷太が黒蜥蜴役と兼任する形でWキャスト出演するほか、実力派の平野良、神尾晋一郎が加わり、トリプルキャスト体制が敷かれている。

批評家が評価する「新しい解釈」の深み

このオールメイル版黒蜥蜴の試みは、既に批評家からも高い評価を得ている。全員が男性であることによる、特異な耽美性と退廃美の融合は、乱歩と三島由紀夫が追求した「悪の美学」を、現代的な視点から再構築することに成功している。役者たちの演技は、詩的な言葉に深みと奥行きを与え、丸尾氏のダイナミックな演出は、作品全体に新鮮な驚きと活力を吹き込んでいる。

単なる古典の再現に留まらず、現代の観客に対し、美とジェンダー、そして欲望の交錯を問う本作は、その独自性からファンからの支持も強く、公演後に販売されるBlu-rayも複数のキャストバージョンが用意されるなど、大きな反響を呼んでいる。

黒蜥蜴が象徴する「黒」のファッション、そしてミステリ文化への影響力は、時代とともに姿を変えながらも現代社会に浸透し続けている。今回の「Burlesque KUROTOKAGE」は、乱歩と三島が築き上げた、戦慄すべき美の世界を、2025年の日本において、最も先鋭的かつ挑戦的な形で具現化した事例として、演劇界に一石を投じることになるだろう。この妖艶な怪盗の物語は、今後も様々な形で再解釈され、我々の美意識を揺さぶり続けるに違いない。