相島一之、大河『べらぼう』で際立つ重厚な演技—三谷作品で培った名脇役の真髄
ニュース要約: 俳優・相島一之が、大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』の松平康福役で重厚な演技を見せ、改めて注目を集めている。三谷幸喜氏の劇団でキャリアを確立し、20年以上の下積みを経て「名脇役」の地位を築いた。彼は、シリアスからコメディまで自在に演じ分け、さらにブルースハープ奏者や剣道家といった多才な一面も持つ。その独自の存在感は、今後の映像界にとって不可欠だ。
相島一之、大河『べらぼう』で魅せる「重厚」な存在感—三谷作品で培った名脇役の真髄と多才な素顔
俳優、相島一之(あいじま・かずゆき)が、そのキャリアの円熟期を迎え、再び大きな注目を集めている。特に、2025年秋・冬のテレビドラマシーズンでは、NHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』における松平康福役の重厚な演技が、視聴者や批評家から高い評価を受けている。長年にわたり、映画、ドラマ、舞台で作品の骨格を支えてきた「名脇役」の相島は、いかにしてこの地位を築き、現代の映像シーンに不可欠な存在となったのか。彼の多岐にわたる活動と、その卓越した演技力の源泉を探る。(共同通信)
大河ドラマ『べらぼう』で際立つ歴史的リアリティ
現在放送中の大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』で相島が演じる松平康福は、石見国浜田藩主などを務め、国替えを繰り返しながら幕府の要職を担った歴史上の重要人物だ。この松平康福役は、複雑な時代背景と政治的駆け引きを背景に持つ、極めて重厚な役どころであり、相島の長年の経験と確かな演技力が存分に発揮されている。
彼の表現する康福像は、単なる権力者ではなく、時代の流れを見据える知性と、藩主としての苦悩を内包しており、歴史的リアリティを深く追求していると評されている。相島は、これまでも歴史物から現代劇まで幅広く演じ分けてきたが、今回の『べらぼう』における重厚な人物像の表現は、彼の俳優としての深みを改めて示すものとなった。
三谷作品で磨かれた「名脇役」の真髄と多様な役柄
相島一之の活躍は時代劇に留まらない。2025年の現代ドラマでは、別居中の夫婦が他人を装うラブコメディ『五十嵐夫妻は偽装他人』で会沢雪人役を演じるなど、コミカルかつ人間味あふれる役柄もこなしている。また、『シンデレラ クロゼット』への出演も含め、シリアスからコメディまで、幅広いジャンルを自在に行き来できる柔軟性こそが、彼が「名脇役」として不動の地位を築いた所以である。
相島のキャリアの基盤は、立教大学在学中に演劇を始めたことに遡る。特に、三谷幸喜氏主宰の劇団「東京サンシャインボーイズ」での活動は、彼の演技スタイルを確立する上で決定的だった。1991年の映画『12人の優しい日本人』でスクリーンデビューを果たして以降、三谷作品の常連として舞台や映像作品で磨き上げられた演技力は、脇役でありながら作品全体に独特の存在感を放つ。
注目すべきは、相島がプロの俳優として「芝居だけで食べていける」レベルに達するまで、約20年以上の長い下積み時代を経ているという事実である。34歳頃にようやくその目標を達成したという彼のキャリア変遷は、一朝一夕ではない、地道な努力とプロフェッショナリズムの賜物であることを示している。この経験が、彼が演じる人物の深みやリアリティに繋がっていると言えるだろう。近年は「バイプレイヤーズ」シリーズなど、名脇役そのものにスポットライトが当たる機会も増え、彼の存在感はさらに際立っている。
俳優を超えた多面的な魅力:ブルースハープと剣道
相島一之の魅力は、演技の場だけに留まらない。彼は、俳優業と並行してミュージシャンとしても活動しており、特にブルースハープ(ハーモニカ)奏者としての顔を持つ。多忙な俳優業の傍らで音楽活動を続ける姿勢は、彼の持つ芸術家としての多才さを示している。
さらに意外な一面として、剣道2段の腕前を持つ武道家でもある。これらの趣味は、彼の落ち着いた人柄や多面的な魅力につながっており、演技にも深みを与えていると推察される。
私生活では、妻が芸能関連のマネジメント業に携わっており、家族も芸能業界に関わる環境にある。また、バラエティ番組への出演も多く、2025年3月放送の「さんま御殿」などで地元・埼玉県出身の話やプライベートを披露するなど、親しみやすい素顔も見せている。2021年の「行列のできる相談所」や「VS魂」などのゲスト出演を通じ、ゲームやトークでの素顔を披露する機会も増え、俳優としての顔だけでなく、多才で魅力的な人物像が広く知られるようになった。
長年の舞台経験と三谷作品で培われた確かな技術、そして音楽や武道といった多面的な魅力を持つ相島一之。彼は、作品の主役を引き立てながらも、決して埋もれることのない独自の光を放つ。大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』での重厚な演技を筆頭に、今後も彼の「名脇役」としての存在感は、日本の映像界にとって不可欠な要素であり続けるだろう。そのさらなる活躍に期待が高まる。