悲劇の記憶と試練の冬：苫前町、400キロ級ヒグマ駆除に見る「共生」の限界

悲劇の記憶と試練の冬：苫前町、400キロ級巨大ヒグマ駆除に見る「共生」の限界と歴史的教訓

【苫前】 北海道北部の日本海側に位置する苫前町は、2025年11月下旬、再び緊迫した状況に直面した。町内を徘徊し住民の不安を高めていた体長約1.9メートル、体重400キロ級の巨大ヒグマが箱わなにかかり、地元猟友会によって駆除されたのだ。この捕獲は、冬眠期を前に活動を活発化させるヒグマによる人身事故を未然に防ぐための実効的な対応として評価される一方、この地が抱える歴史的トラウマと、現代における野生動物との「共生」の難しさを改めて浮き彫りにしている。

頻発する出没、高まる地域不安

近年、北海道全域でヒグマの目撃件数が過去最多を更新する中、苫前町でも農作物への被害や住民への心理的圧迫が深刻化している。特に今回駆除された個体のような300〜400キロ級の大型個体の出没は、住民に大きな恐怖を与えていた。

苫前町猟友会の林豊行部会長は、駆除後、「近所の人がいくらか安心してくれれば」と語り、住民の安全確保に対する強い責任感を示した。しかし、駆除後も複数のヒグマの足跡が確認されている通り、警戒態勢は緩められない。苫前町の農業は、デントコーンなどの作物が食い荒らされる農業被害に直面しており、地域経済の維持にとっても、ヒグマ対策は喫緊の課題となっている。

「三毛別羆事件」の教訓を現代に活かす

苫前町は、1915年（大正4年）に発生した日本史上最悪の獣害事件「三毛別羆事件」の舞台である。開拓民7人が犠牲となったこの悲劇は、人間と野生動物の境界線が曖昧だった時代における「共存の難しさ」を象徴している。

この歴史的教訓、特に「情報伝達の遅れが被害を拡大させた」という反省は、現代の対策に深く影響を与えている。現在、苫前町では出没情報の迅速な共有体制が整えられ、住民や観光客への注意喚起が徹底されている。また、町内の郷土資料館や復元現地では、事件の記憶を風化させないための継承活動が続けられており、町民は「あれだけ悲惨なことはないと思うので、若い世代も理解して継いでいければいい」と、悲劇を繰り返さないための意識を高めている。

行政と猟友会が連携する捕獲体制の強化

現代のヒグマ対策は、駆除と予防の二本柱で進められている。

駆除の最前線に立つ猟友会は、「撃ちたくて撃つというよりも、撃たなければならないから撃つ」という理念のもと、人身事故防止を最優先に活動している。彼らは、事件の教訓からクマを撃つ際の注意点や安全な対応方法を学び、実践に活かしている。

行政側も、北海道全体の対策会議と連携し、捕獲体制の強化を図っている。道は「ヒグマ対策推進会議」を拡充し、狩猟免許を持つ自治体職員、通称ガバメントハンターの増員を進めているほか、必要に応じた陸上自衛隊との連携も視野に入れるなど、組織的な対応力を高めている。苫前町もこの広域的な対策網に加わり、継続的な警戒と捕獲活動を実施している。

住民に求められる「誘引防止」の徹底

しかし、捕獲・駆除だけでは根本的な解決には至らない。長期的な被害軽減のためには、ヒグマを人里に引き寄せない環境づくりが不可欠だ。

苫前町は、住民に対し「生ゴミを絶対に放置しないこと」を強く呼びかけている。ヒグマは一度人間の食べ物の味を覚えると、その執着心から人里への出没が常態化し、危険性が増すためだ。食料やごみの管理を徹底し、ヒグマの行動生態を変容させないよう、地域全体で予防策を講じることは、駆除と同じく重要な共生への取り組みと位置づけられている。

苫前町の試練は続く。100年前の教訓を胸に、猟友会、行政、住民が一体となり、安全確保と地域経済の維持、そして野生動物との適切な距離感を模索する努力が、この北の町には求められている。