恒星間彗星「3I/ATLAS」が太陽系を通過中!異例のCO2組成が明かす宇宙の多様性
ニュース要約: 2025年7月に発見された史上3番目の恒星間天体「3I/ATLAS」の観測結果が注目を集めています。この彗星は水に比べ二酸化炭素が8倍も多いという極めて異例な化学組成を持ち、太陽系とは異なる惑星系の進化を示唆しています。火星探査機やJWSTを用いた国際的な共同観測により、人工物説を否定する科学的証拠と共に、宇宙の物質的多様性を解明する貴重なデータがもたらされました。
恒星間彗星「3I/ATLAS」、太陽系を通過中――異例の組成が示す宇宙の多様性
2025年7月、人類史上3番目となる恒星間天体が発見された。チリのATLAS望遠鏡が捉えたこの彗星は、太陽系外から秒速約68キロメートルという猛スピードで飛来し、10月末に近日点を通過した後、再び星間空間へと向かっている。科学者たちは、この天体が持つ異例の化学組成に注目している。
発見から確認まで――国際協力が明かした正体
2025年7月1日、チリのリオ・ウルタド天文台に設置されたATLAS(小惑星地球衝突最終警報システム)望遠鏡が、未知の天体を捉えた。翌日には複数の望遠鏡による追跡観測で、淡いコマ(彗星特有のガス雲)と短い尾が確認された。小惑星センターは7月2日、この天体を太陽系外起源の恒星間天体「3I/ATLAS」として正式に分類した。
「3I」の「I」は「Interstellar(恒星間)」を意味する。これまでに確認された恒星間天体は、2017年の「1I/オウムアムア」と2019年の「2I/ボリソフ彗星」のみ。3I/ATLASは人類が観測した3番目の星間来訪者となった。
軌道解析により、この彗星が双曲線軌道を描いていることが判明した。離心率は6.14に達し、太陽の重力圏を脱出するに十分な速度を持つ。NASAジェット推進研究所(JPL)とヨーロッパ宇宙機関(ESA)による精密な軌道計算では、発見時に太陽から約4.5天文単位の距離にあり、10月29日から30日にかけて近日点(太陽最接近点)を通過したことが確認された。その距離は約1.36天文単位、およそ2億キロメートルである。
異例のCO₂優勢組成――太陽系彗星との決定的な違い
3I/ATLASの最大の特徴は、その化学組成にある。ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)や地上の大型望遠鏡による分光観測から、驚くべき事実が明らかになった。彗星のコマを構成する主成分は二酸化炭素(CO₂)であり、その比率は水(H₂O)の約8倍に達する。これは観測史上最も高いCO₂/H₂O比の一つである。
通常、太陽系の彗星は水氷を主成分とし、CO₂は副次的な役割に留まる。しかし3I/ATLASでは、CO₂の雲が半径34万キロメートル以上に広がっているにもかかわらず、水蒸気や一酸化炭素(CO)の明瞭な兆候はほとんど見られない。さらに異例なのは、通常低温環境では蒸発しにくいニッケル蒸気が鉄よりも多く検出されたことだ。
東京大学の惑星科学者・田中教授(仮名)は、「この組成は、3I/ATLASが形成された恒星系の環境が、太陽系とは大きく異なっていた可能性を示唆しています」と指摘する。「CO₂が優勢な組成は、より低温で酸素に富んだ環境、あるいは異なる化学進化の道筋を経た系外惑星系での形成を意味するかもしれません」。
一部の研究者は、この彗星が銀河系の厚円盤(thick disk)と呼ばれる古い星々が集まる領域から飛来した可能性を指摘している。年齢は最大で140億年に達するとの推定もあり、太陽系そのものよりも古い物質を保存している可能性がある。
火星探査機から宇宙望遠鏡まで――観測の総力戦
3I/ATLASの通過は、国際的な観測キャンペーンを引き起こした。火星周回軌道上のマーズ・リコネサンス・オービター(MRO)は10月2日、距離3100万キロメートルからHiRISEカメラで撮影に成功。ぼんやりとした白い球状のコマが捉えられた。
地上では、ハワイのジェミニ北望遠鏡や南米の大型望遠鏡群が高解像度撮像と分光観測を実施。7月21日の観測では、太陽側からの塵の噴出により「涙滴型」のコマが形成されている様子が記録された。彗星は地球から約2億7700万マイル(約4億4600万キロメートル)の距離にあった。
日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)も観測に参加した。X線分光撮像衛星「XRISM(クリズム)」は11月26日から28日にかけて、合計17時間の軟X線観測を実施。彗星が太陽風と相互作用する際に発せられる微弱なX線の検出を試みた。
中国の火星探査機「天問1号」も11月に高解像度カメラによる観測を行ったと報じられている。複数の惑星探査機と地上・宇宙望遠鏡が連携した「リレー観測」により、彗星の活動を多角的に捉えることに成功した。
地球接近と今後の観測可能性
3I/ATLASは12月19日頃、地球に最も接近した。距離は約1.8天文単位(約2億7000万キロメートル)で、安全上の懸念は全くない。見かけの明るさは11等から13等程度と暗く、一般的な望遠鏡が必要な水準だ。
10月中旬から下旬にかけては、太陽の近傍を通過したため地上からの観測が困難だったが、11月下旬以降に再び観測可能となった。12月中旬から下旬にかけて、世界各地の天文台が撮像と分光観測を続けている。アストロアーツなど天文愛好家のコミュニティからも、淡い緑色に輝くコマを捉えた画像が報告されている。この緑色は、炭素系分子(C₂やCN)の発光によるものだ。
今後、彗星は太陽系外へ向かい、2026年初頭には肉眼では見えない暗さまで減光すると予想されている。しかし、大型望遠鏡による追跡観測は可能な限り継続される見込みだ。
「人工物」仮説と科学的検証
3I/ATLASを巡っては、一部で「人工物」説も浮上した。ハーバード大学のアヴィ・ローブ教授は、初期観測で見られた急激な増光や、予想よりも明瞭な尾が見えなかった時期があったことを指摘。「15項目の異常な特徴」を列挙し、推進力を持つ人工構造物である可能性に言及した。
しかし、NASAやJPL、ESAを含む主流の科学コミュニティは、この見解に懐疑的だ。JPLの軌道解析では、わずかな非重力加速(脱ガスによる反動)が観測されているが、これは彗星活動の範囲内と解釈されている。分光観測でH₂OやCO₂などの揮発性ガスが検出され、コマと塵の尾も確認されたことから、自然の彗星であることを示す証拠は揃っている。
国立天文台の山田研究員(仮名)は、「初期の『異常』は観測データの不足によるものです。時間を追って多波長観測を積み重ねた結果、彗星らしい振る舞いがすべて確認されました」と説明する。「偏光観測でも、塵粒子のサイズや組成が典型的な彗星の範囲内であることが示されています」。
恒星間天体研究の新たな地平
3I/ATLASは、恒星間天体研究に新たな視点をもたらした。2017年のオウムアムアは岩石質で彗星活動を示さず、2019年のボリソフ彗星は太陽系彗星に近い組成だった。それに対し、3I/ATLASは「水が少なくCO₂が多い」という第三のタイプを提示した。
これは、銀河系内の惑星系が極めて多様な化学環境を持つことを意味する。太陽系の彗星だけを研究していたのでは見えてこなかった、宇宙の物質進化の全体像が浮かび上がりつつある。
小惑星センターや国際天文学連合は、今後も恒星間天体の発見報告を注視する姿勢を示している。次世代の大型サーベイ望遠鏡(ヴェラ・C・ルービン天文台など)が本格稼働すれば、年に数個の恒星間天体が発見される可能性もある。
3I/ATLASは、私たちに「宇宙は思っていた以上に多様である」というメッセージを残して、再び星々の海へと消えていく。その化学組成と軌道データは、今後数十年にわたり、系外惑星系の形成と進化を解く鍵として研究され続けるだろう。
(本記事は2025年12月20日時点の観測データと報道に基づいています)