「ミスター甲府」山本英臣 23年の忠誠と600試合達成への葛藤
ニュース要約: ヴァンフォーレ甲府一筋23年、45歳を迎えた「ミスター甲府」山本英臣選手。Jリーグ通算600試合出場まであと9試合に迫る中、長年のキャリアに終止符を打つか葛藤している。2022年天皇杯優勝の立役者でもある彼の献身と忠誠心は、地方クラブ甲府のアイデンティティそのものだ。偉大な功績を振り返りつつ、その去就に注目が集まる。
45歳の忠誠(ロイヤリティ) 山本英臣、甲府一筋23年の「重み」と引退の葛藤
【2025年11月18日 ヴァンフォーレ甲府】
Jリーグの舞台において、一つのクラブに20年以上在籍し続ける選手がどれほどいるだろうか。2025年シーズン、ヴァンフォーレ甲府の象徴としてピッチに立ち続けた山本英臣選手が、その稀有なキャリアにまた一つ年輪を刻んだ。45歳を迎えながらも現役を貫く「ミスター甲府」は、今季もベンチやロッカールームでチームの精神的支柱であり続けた。しかし、23年という長きにわたる献身の道のりも、いよいよ終着点が見え始めている。
彼の去就は、J2リーグのどの動向よりも山梨のサポーターの心を占めている。Jリーグ通算600試合出場という偉大な金字塔まで、残すところあと9試合。この記録達成が、彼が現役生活に終止符を打つ一つの大きな節目になる可能性が高い。
地方クラブを支えた「生ける伝説」
山本英臣が甲府に加入したのは2003年。以来、クラブがJ1とJ2を行き来する苦難の時代を、時には主将として、常に精神的柱として支え続けた。3度のJ1昇格を経験し、チームのDNAを築き上げた功績は計り知れない。
特に記憶に新しいのが、2022年の天皇杯優勝だ。クラブ史上初のビッグタイトル獲得という劇的な瞬間、彼は延長戦でPKを献上するという苦境を味わいながらも、PK戦では5人目のキッカーとして冷静にゴールを決め、甲府の歴史を変える立役者となった。長年の苦労が報われた瞬間、サポーターが流した涙は、山本選手が甲府という地方クラブに捧げてきたすべてへの感謝の証だった。
「誰かより足が速いとか、身体能力があるとか、そういうものがないから、監督の求めるものにベストを尽くしてきた」。彼が語るこの言葉は、才能だけに頼らず、ひたむきに努力し、役割に徹してきた彼のプロフェッショナルな姿勢を物語っている。
45歳の葛藤と「甲府愛」
2025年シーズン、山本選手は44歳(シーズン中に45歳)で契約を更新。「本当は今季プレーする予定はなかった」と本人が明かす通り、引退のタイミングについて常に葛藤を抱えている。出場機会はカップ戦1試合にとどまり、ピッチで直接貢献する機会は減少している。
それでも彼がユニフォームを着続けるのは、クラブへの強い責任感と愛情があるからだ。彼は山梨について「自分の故郷みたいなもんすよ」と語る。甲府を去るという選択肢は、彼にとって「故郷を捨てる」に等しい感覚だったのかもしれない。
2025年シーズン、甲府はJ1復帰を逃し、大塚真司監督も退任するなど、再び転換期を迎えている。クラブが大きく揺れ動く中で、山本選手の存在は、過去と未来をつなぐ錨(いかり)の役割を果たしている。
「クラブが改めて良いクラブになるように」――この言葉には、引退後の自身の役割をも見据えた、クラブの未来に対する強い願いが込められている。
600試合の向こう側
山本選手の現役続行は2026年シーズンも視野に入っていると報じられているが、年齢や怪我のリスクを考慮すると、その可能性は極めて不透明だ。J通算600試合達成という偉業を成し遂げた後、彼は静かにスパイクを脱ぐ決断を下すかもしれない。
もし今季限りで引退するとなれば、それは甲府の歴史における一つの大きな区切りとなるだろう。彼が築き上げた献身と忠誠心の文化は、若手選手に受け継がれ、甲府の未来を支えていく。
サッカー選手としてのキャリアを通じて、一つのクラブにこれほど深く根を下ろした例は稀だ。山本英臣は単なる選手ではなく、ヴァンフォーレ甲府というクラブのアイデンティティそのものである。彼のラストダンスがいつになるにせよ、サポーターは「ミスター甲府」がピッチに残した足跡を、永遠に語り継ぐことになるだろう。(了)