2026年2月2日、週明けの日本は政治・エンタメ・スポーツと多方面で大きな転換点を迎えています。
まず国内政治に目を向けると、衆院選投開票を1週間後に控えた決戦の最中、大きな波紋が広がっています。2月1日放送のNHK「日曜討論」を、高市早苗首相が放送直前に欠席しました。自民党側は「腕の治療」を理由としていますが、野党側からは「国民の前での討論を回避した」との厳しい批判が相次いでいます[8]。支持率の低迷が続く中、選挙戦最終盤での党首不在という異例の事態は、与党にとって小さくない打撃となる可能性が出てきました。
一方で地方自治に目を向けると、埼玉県川口市では新たなリーダーが誕生しました。2月1日に投開票が行われた川口市長選挙にて、無所属新人の岡村ゆり子氏が圧倒的な得票差で当選を確実にしました[9]。「市民目線の市政」を掲げた女性市長の誕生に、治安向上や子育て支援の充実を期待する声が地元で高まっています。
国民生活に直結する医療制度では、マイナ保険証の利用率が47.73%に達したことが報じられました[2]。2026年の本格移行を見据え、政府は医療機関へのインセンティブを強化する方針ですが、依然として現場では誤登録や高齢者への対応などの課題が噴出しており、システムの安定性確保が急務となっています。
エンターテインメント界では、2026年に向けた大型プロジェクトが次々と動き出しています。木村拓哉さん主演の人気シリーズ『教場』が、前後編の映画2部作として完結することが決定しました。2026年1月にNetflixで前編が配信され、2月には劇場で完結編が公開されるという、配信と劇場の垣根を越えた豪華な集大成となります[6]。また、2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』に出演する大東駿介さんが、前田利家役への意気込みを語りました。小栗旬さん演じる織田信長との10年ぶりの共演など、新たな戦国絵巻への期待が膨らみます[4]。
明るい話題ばかりではありません。YouTube界では、絶大な人気を誇る国際カップル「ゆりいちちゃんねる」が9年間の交際に終止符を打ったことを発表し、多くのファンに衝撃を与えています[7]。価値観の変化を理由とした前向きな決断としていますが、長きにわたり活動を共にしてきた二人の別れを惜しむ声がSNSで広がっています。
一方、スポーツ界からは嬉しいニュースが届いています。サッカー日本代表の守備の要、冨安健洋選手がオランダのアヤックスで484日ぶりとなる公式戦復帰を果たしました。負傷による長い苦難の時期を乗り越え、2026年W杯に向けて再始動したその姿は、日本代表にとっても大きな朗報です[3]。また、イングランド・プレミアリーグではマンチェスター・ユナイテッドとフラムが欧州カップ戦権を賭けて激突予定で、ブルーノ・フェルナンデス選手の好調ぶりなど見どころ満載の一戦に注目が集まっています[5]。
最後に、現代社会を象徴する話題として、婚活市場の新たな動きが注目されています。成婚率80%を誇るカリスマ・植草美幸氏が、2026年の厳しい市場を勝ち抜くための「会うだけ婚活」脱却メソッドを提唱。自己分析や自分磨きの重要性を説き、変化する若者の恋愛観に対する鋭い指摘が反響を呼んでいます[1]。
政治の混乱から個人のライフスタイルまで、2026年の日本は大きな変化のうねりの中にあります。
元幕内力士・戦闘竜さん死去、56歳。肺疾患で急逝「相撲は強い」と格闘技界で奮闘
ニュース要約: 元幕内力士で総合格闘家としても活躍した戦闘竜(本名ヘンリー・アームストロング・ミラー)さんが1月29日、肺の難病のため56歳で死去しました。大相撲引退後はPRIDEやHEATに参戦し、「相撲は強いんだよ!」という名言とともに相撲出身格闘家の意地を見せました。引退後はビジネスマンとして活躍していましたが、病魔に襲われ、多くのファンに惜しまれながらその生涯を閉じました。
元幕内力士・戦闘竜さん死去 肺疾患で56歳、格闘技転向後も「相撲は強い」と奮闘
東京都内の病院で1月29日夜、元大相撲幕内力士で総合格闘家としても活躍した戦闘竜(せんとりゅう、本名ヘンリー・アームストロング・ミラー)さんが、肺の難病のため死去した。56歳だった。関係者が30日、明らかにした。
戦闘竜さんは1969年7月16日、米国ミズーリ州セントルイスで生まれた。アメリカンフットボールとアマチュアレスリングで鍛えた恵まれた体格を武器に、1988年9月場所で友綱部屋から初土俵を踏んだ。身長175センチ、体重114キロのストライカー体型で、相撲界では貴重な外国出身力士として期待を集めた。
幕内在位は3場所。最高位は前頭12枚目まで昇進し、通算成績は351勝253敗77休、勝率5割8分1厘を記録した。幕内では19勝26敗と苦戦を強いられたものの、15年にわたる力士生活で培った相撲技術は、後の格闘技人生で大きな財産となった。2003年11月場所を最後に幕下で引退した。
格闘技への転身と「相撲最強説」への挑戦
相撲引退後の2004年、戦闘竜さんは総合格闘技(MMA)に転向した。当時、1992年の元横綱北尾の敗北や、2003年末の元横綱曙のキックボクシング参戦により、「相撲最強説」は既に崩壊しつつあった。相撲出身者への期待が低下する中での転身だったが、戦闘竜さんは新たな挑戦に果敢に立ち向かった。
デビュー戦は2004年4月25日、PRIDE GRANDPRIX 2004開幕戦。身長218センチのジャイアント・シルバにチキンウィングアームロックで一本負けを喫し、厳しいスタートとなった。しかし同年10月14日、マル・"ザ・ツイン・タイガー"戦でKO勝ちを挙げると、リング上で「相撲は強いんだよ!」とマイクアピール。試合前に「曙よりも先に勝つ」と宣言していたこの勝利は、苦戦を強いられていた相撲出身格闘家の中で一筋の光明となった。
パンクラスでは6戦1勝5敗という成績だったが、2006年8月27日の横浜文化体育館での小椋誠志戦では、1ラウンド1分37秒、チョークスリーパーでギブアップ勝ちという鮮やかな一本勝ちを収めている。
HEATでの奮闘と引退試合
2009年には、HEAT9準決勝で野地竜太にKO勝ちを収めるなど、ヘビー級王座を目指して奮闘した。同年7月のHEAT10決勝ではクリスチアーノ上西とノーコンテスト、9月のHEAT11再戦では延長ラウンドでTKO負けを喫し、王座獲得の夢は叶わなかった。
2010年3月7日のSRC12では中尾"KISS"芳広にパウンドTKO負け。キックボクシングにも挑戦し、サバイバー2010年12月25日の元力士対決などに出場したが、目立った成績は残せなかった。総合格闘技とキックボクシングを合わせた通算成績は6勝16敗とされている。
2013年8月25日、DEEP 63 IMPACTでの中村和裕戦が最後の試合となった。パンチラッシュによるKO負けで格闘技人生に幕を下ろした戦闘竜さんだったが、「唯一相撲のポテンシャルを感じさせてくれた」存在として、格闘技ファンの記憶に刻まれることとなった。
引退後の人生と闘病
格闘技引退後は、元妻の実家があるタイの工場で勤務し、2018年まで従事した。その後再婚し、タイに本社を置く食品製造会社の日本営業部で活躍していた。異国の地で培った人脈と経験を活かし、ビジネスマンとしての第二の人生を歩んでいた。
晩年は肺の難病を患い、病状が悪化。2026年1月29日夜、東京都内の病院で家族に看取られながら静かに息を引き取った。力士として、格闘家として、そしてビジネスマンとして、常に新たな挑戦を続けた56年の生涯だった。
相撲界と格闘技界の架け橋として、「相撲は強いんだよ!」という言葉とともに戦い続けた戦闘竜さんの功績は、両界において長く語り継がれるだろう。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。