芸人と作家の深淵なる融合――又吉直樹、6年ぶりの長編『生きとるわ』で到達した表現の新境地
ニュース要約: 芥川賞作家・又吉直樹が6年ぶりの長編小説『生きとるわ』を上梓。芸人としての「笑い」と作家としての「内省」を高い純度で結晶化させた本作は、自身のルーツである大阪を舞台に、市井の人々の営みを丹念に描いた集大成。ファッションブランドの立ち上げやラジオ活動など、多角的な表現活動を経て深化を遂げた彼が、混迷の現代に放つ力強い生の肯定を追う。
【文化】芸人と作家、深淵なる融合へ――又吉直樹が到達した新境地 6年ぶり長編『生きとるわ』に込めた不屈の生命力
【東京】 お笑いコンビ「ピース」として、そして芥川賞作家として――。二つの草鞋を履き、独自の道を切り拓いてきた又吉直樹(45)が、表現者としてさらなる「深化」を遂げている。2026年3月、待望の新作長編小説『生きとるわ』を上梓。社会現象を巻き起こした『火花』から11年、前作『人間』から6年。沈黙を破り世に放たれた一冊は、芸人としての「笑い」と、作家としての「内省」が初めて高い純度で結晶化した、彼自身の集大成とも呼べる一冊となった。
■「芸人と文筆業が初めて合わさった」
3月27日、都内で行われた発売記念記者会見。壇上に立った又吉は「自分の中で重要な作品。お笑い芸人と文筆業が初めてちゃんと合わさって書けた話」と、静かながらも確かな手応えを口にした。
執筆期間は、これまでの作品の中で最長となる2年間。何度も推敲を重ね、時に立ち止まり、言葉を紡ぎ出した。「10年前よりはだいぶ成長していると思う」という言葉には、デビュー作『火花』での喧騒を潜り抜け、真に文学と向き合ってきた自負が滲む。本作の舞台は、自身のルーツでもある大阪。市井の人々の営み、何気ない会話に潜む滑稽さと悲哀を丹念に描き出し、「大阪の人が面白いという発見を小説に導入できた。今までのものとはちょっと違う」と新機軸を強調した。
■「暗い部屋」と「華やかなテレビ」の往復
又吉の特異な点は、文壇での地位を確立しながらも、第一線の芸人であり続けていることだ。現在も『大竹まこと ゴールデンラジオ』(文化放送)や、盟友の児玉智洋、向井慧らと出演する『又吉・児玉・向井のあとは寝るだけの時間』(NHKラジオ)など、ラジオ番組を主戦場の一つとしている。
「テレビに出ることも大事。面白い人がいっぱいいて楽しい」と語る通り、執筆という孤独な作業と、メディアを通じた外部との交流は、彼にとって車の両輪のようなものだ。2026年3月に放送された『おしゃれクリップ』では、渡米中の相方・綾部祐二への変わらぬ敬愛を語り、視聴者を和ませた。「昔より長電話になった。英語のことはよく分からんけど、あいつの面白いところが好き」と語るその表情は、作家の手つきとは別の、紛れもない「芸人・ピース又吉」の顔であった。
■服をまとうことも、また一つの「表現」
表現への渇望は、活字の世界に留まらない。ファッションアイコンとしての顔も持つ又吉は、2026年2月に自身のブランド「水流舎(つるしゃ)」を立ち上げ、こだわりの「街着パジャマ」を発表した。高円寺の古着屋を愛し、亡き父のスーツを再構築する。彼にとってファッションとは、単なる装飾ではなく「物語」の一部なのだ。ニットブランド「コウタ グシケン」のショーでコントを披露するなど、衣服を通じた表現活動もまた、新作へのインスピレーションに繋がっている。
■『火花』を超えて――2026年の視点
2015年、若手芸人の挫折と葛藤を描いた『火花』は、純文学の枠を超えたベストセラーとなった。当時は賛否両論の渦が巻いたが、その映像化作品を含め、今なお多くの読者の胸に刻まれている。しかし、又吉本人は過去の栄光に固執することはない。
新刊『生きとるわ』と共に、エッセイ集『月と散文』も同時期に刊行。日常に潜む「笑い」と「センチメンタリズム」を行き来するその筆致は、20代、30代を経て得た成熟を感じさせる。「生きとるわ」――。その力強いタイトルは、コロナ禍を経て混迷を極める現代社会において、泥臭くも懸命に生を肯定しようとする、又吉自身の意志の表明だろう。
芸人・又吉直樹は今日も、煌々としたスタジオのライトの下で笑いを作り、その後、静まり返った深夜の机で言葉を削り出す。その二つの世界の狭間にこそ、彼にしか見えない真実がある。
(文化部記者・佐藤 健一)
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