【ミラノ2026】村岡桃佳が銀メダル!大怪我の恐怖を乗り越え通算10個目の快挙
ニュース要約: 2026年ミラノ・コルティナ冬季パラリンピックのアルペンスキー女子スーパー大回転にて、村岡桃佳選手が銀メダルを獲得。昨年の大怪我によるブランクと恐怖心を克服し、冬季パラ日本勢最多記録を更新する通算10個目のメダルを手にしました。怪我からの完全復活を印象づける、不屈の精神が光る表彰台となりました。
【ミラノ発】不屈の「二刀流」が示した、銀の輝き以上の価値――。
イタリア・コルティナダンペッツォで開催されている2026年ミラノ・コルティナ冬季パラリンピック。現地時間3月9日、晴天のもとで行われたパラアルペンスキー女子スーパー大回転(座位)において、日本のエース・村岡桃佳(トヨタ自動車)が1分24秒14のタイムで銀メダルを獲得した。
北京大会の同種目金メダリストとして挑んだ今大会。リザルトだけを見れば「連覇を逃した」ことになるが、この銀メダルに込められた文脈は、過去に獲得したどのメダルよりも重く、そして劇的なものだった。
恐怖心との闘い、どん底からの帰還
村岡を襲ったのは、1年前の悪夢だった。2025年4月、彼女は今大会と同じコースで行われたテスト大会で転倒。鎖骨骨折と腱板損傷という、アスリートにとって致命的ともいえる重傷を負った。雪上練習に復帰できたのは、開幕を目前に控えた今年2月中旬。練習不足はもちろん、時速100キロ近くに達する高速系種目において、かつて大怪我を負った斜面へ飛び込む「恐怖心」は何よりも高い壁として立ちはだかった。
大会直前まで肩の痛みが引ききらず、初戦の滑降(ダウンヒル)を棄権。一時は出場さえ危ぶまれる中で、村岡はメンタルケアを受けながら自らの心と向き合い続けた。「100%の状態ではないが、今できる最善を尽くす」。出場を決断したのは、レース前日の夕方のことだった。
日本代表チームの石井沙織ハイパフォーマンスディレクターは、スタート地点に立つ村岡に対し、「メダルはいいから、まずは完走を。大回転に向けた練習だと思って滑ってきなさい」と、あえてプレッシャーを解く言葉をかけたという。しかし、ゲートを蹴り出した村岡の滑りには、王者の意地が宿っていた。
日本パラスポーツ界を牽引する「二刀流」の系譜
1997年、埼玉県深谷市に生まれた村岡は、4歳の時に横断性脊髄炎を発症し、両下肢麻痺の後遺症を負った。車いす生活となった彼女がチェアスキーと出会ったのは小学校3年生の時。当初は趣味として楽しんでいたが、中学2年生で日本代表の滑りを目の当たりにし、本格的に競技の世界へ身を投じた。
早稲田大学、そして同大学院での研究生活と並行しながら、彼女が築き上げた実績は他を圧倒する。
- 平昌2018パラリンピック: 日本選手団旗手を務め、出場5種目すべてでメダル獲得(金1・銀2・銅2)。
- 北京2022パラリンピック: 日本選手団主将として3個の金メダルを含む4個のメダルを奪取。
さらに彼女の異能ぶりを象徴するのが、夏季競技への挑戦だ。2019年からはパラ陸上短距離(車いすT54)にも本格参戦。東京2020パラリンピックでは100mで6位入賞を果たすなど、世界でも稀な「夏冬二刀流」のアスリートとして、パラスポーツの可能性を広げ続けてきた。
葛藤の先に広がる「通算10個目」の景色
今回の銀メダルで、村岡がパラリンピックで手にしたメダルは通算10個(金4、銀4、銅2)に到達した。これは冬季パラリンピックの日本勢として最多記録を更新し続ける快挙である。
レース後、村岡は「正直、100%出し切れたわけではないので複雑で悔しい気持ちもある」と、アスリートらしい本音を漏らした。しかし、恐怖心を克服し、完走さえ危ぶまれた状況から表彰台に返り咲いたその姿は、観客やチームメイトに深い感銘を与えた。
「怪我をしてから今日まで、本当に多くの方に支えられた。このメダルは一人で獲ったものではない」
29歳となった村岡桃佳。怪我のトラウマを乗り越えた彼女の視線は、すでに次なる得意種目、大回転(ジャイアントスラローム)へと向いている。雪上の女王が完全復活を遂げる日は、そう遠くないはずだ。
(文:ニュースメディア編集部)
参考情報源
関連コンテンツ
マイニュースへ
あなた専用のニュースレポートをチェックしましょう