村瀬心椛が悲願の金メダル!日本女子スノボ初の快挙、ミラノ五輪ビッグエアで劇的逆転勝利
ニュース要約: ミラノ・コルティナダンペッツォ冬季五輪のスノーボード女子ビッグエア決勝で、岐阜県出身の村瀬心椛選手が合計179.00点をマークし、日本女子スノボ界初となる金メダルを獲得しました。最終滑走で「1440」を成功させる劇的な逆転劇を演じ、北京五輪の銅メダルから4年、世界の頂点に立ちました。鈴木萌々選手も6位入賞を果たすなど、日本勢の層の厚さを世界に証明する歴史的一戦となりました。
【ミラノ時事】 イタリアで開催されているミラノ・コルティナダンペッツォ冬季五輪は9日(日本時間10日)、スノーボード女子ビッグエア決勝が行われ、岐阜県出身の村瀬心椛(むらせ・ここも)選手(21)=TOKIOインカラミ=が合計179.00点をマークし、悲願の金メダルを獲得した。
スノーボード女子での金メダル獲得は日本勢初の快挙。2022年北京五輪の同種目で銅メダルを獲得した際、17歳で「日本女子冬季五輪最年少メダリスト」となった村瀬選手が、4年の歳月を経て世界の頂点に立った。
最終滑走での劇的逆転、圧巻の「1440」
決勝は、3回のジャンプのうち異なる方向への回転技2本の合計点で競われる。村瀬選手は1本目、バックサイド・ダブルコーク1440(4回転)を完璧に成功させ、89.75点の高得点を叩き出し首位に立つ。2本目は72.00点に留まり、ライバルたちの追い上げを許す展開となった。
暫定2位で迎えた運命の3本目。プレッシャーがかかる最終滑走者として登場した村瀬選手は、フロントサイド・トリプルコーク1440(4回転)を鮮やかに着地。89.25点を積み上げ、韓国のユ・スンウン選手や、北京五輪スロープスタイル金メダリストのゾイ・サドフスキシノット選手(ニュージーランド)らを抑えて逆転に成功した。
優勝が決まった瞬間、村瀬選手は雪面に崩れ落ち、大粒の涙を流した。「北京での悔しさ(銅メダル)があったから、この4年間頑張れた。金メダルを目指してやってきたので、本当に嬉しい」と、五輪速報のインタビューで声を詰まらせた。
岐阜から世界へ、天才少女の歩み
村瀬心椛選手は2004年、岐阜県岐阜市に生まれた。4歳から地元のゲレンデでスノーボードを始め、岐阜市立合渡小学校、岐阜第一高等学校(スポーツコース)へと進む中で、その才能を開花させてきた。
中学時代には既に世界の舞台で注目を集めていたが、2018年の平昌五輪は年齢制限により惜しくも出場を逃した。しかし、同年の「X Games」において史上最年少で優勝を飾るなど、「ここも」の名は瞬く間に世界のスノーボード界に轟いた。
高校生活を送りながら参戦した北京五輪では、日本の女子スノボ界に新たな歴史を刻んだが、本人は「次は一番いい色のメダルを」と、帰国直後からミラノへの決意を固めていたという。
日本勢の躍進、女子ビッグエアの新時代
今回の女子ビッグエア決勝には、日本から複数の実力者が顔を揃えた。ベテランの鬼塚雅選手(27)が後輩たちを鼓舞し、初出場の鈴木萌々選手(18)が6位入賞を果たすなど、日本勢の層の厚さが際立った。
会場には、既に男子ビッグエアでメダルを獲得している木俣椋真選手や荻原大翔選手らも駆けつけ「チーム日本」として村瀬選手の滑りを見守った。男子に続き女子も世界の頂点に立ったことで、日本のスノーボード技術が世界屈指であることを改めて証明した形だ。
競技を超えたアイコンへ
近年、村瀬選手は競技面だけでなく、そのファッションやライフスタイルでも注目を集めている。1月のX Gamesで見せた革ジャン姿でのパフォーマンスや、自身の「車」へのこだわりなど、21歳の等身大の魅力が多くのファンを惹きつけている。「ここも」という親しみやすい愛称とともに、彼女は今や日本スポーツ界を代表するヒロインとなった。
スノーボード女子ビッグエア。高さ40メートル級のジャンプ台から放たれる、滞空時間の長い華麗なトリック。村瀬心椛選手が描いた放物線は、岐阜の雪山からイタリアの空を越え、日本のスポーツ史に輝かしい一ページを刻んだ。ミラノ・コルティナ五輪は今後、スノーボード・ハーフパイプなどの実施も予定されており、日本勢のさらなるメダルラッシュに期待がかかる。
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