【訃報】編曲家・椎名和夫さん死去 73歳 山下達郎サウンドの要、中森明菜「DESIRE」でレコ大受賞
ニュース要約: ギタリスト・編曲家の椎名和夫さんが73歳で死去。山下達郎バンドの主力メンバーとして「BOMBER」等の名曲を支え、中森明菜「DESIRE -情熱-」の編曲で日本レコード大賞を受賞しました。また、演奏家権利処理合同機構(MPN)の代表理事として実演家の権利保護に尽力するなど、日本の音楽産業の発展に多大なる貢献を遺しました。
【訃報】編曲家・ギタリストの椎名和夫さん死去、73歳 山下達郎サウンドの要、中森明菜「DESIRE」編曲でレコ大受賞
日本のポップス黄金期を支え、数々の名曲に彩りを与えてきたギタリストであり編曲家の椎名和夫(しいな・かずお)さんが2026年2月17日、死去した。73歳だった。20日、自身が代表理事を務めていた一般社団法人演奏家権利処理合同機構(MPN)や、かつて在籍したバンド「ムーンライダーズ」の公式SNSなどで発表された。死因は公表されていない。
シティポップの黎明期から「山下達郎バンド」の象徴へ
椎名和夫さんの足跡は、日本のポピュラー音楽が「歌謡曲」から「ニューミュージック」、そして世界的に再評価される「シティポップ」へと変貌を遂げる歴史そのものだった。
1952年生まれ。東京学芸大学付属高等学校卒業後、1973年に吉田美奈子のバックミュージシャン(ヴァイオリニスト)としてプロデビュー。その後、はちみつぱいの2代目ギタリストを経て、ムーンライダーズの初代ギタリストとして活動した。
椎名さんの名を不朽のものにしたのは、1970年代後半から80年代にかけての山下達郎との仕事だ。山下達郎バンドのレギュラーメンバーとして、ドラムの青山純さん、ベースの伊藤広規さんらと共に「史上最高のリズム隊」の一角を担った。
特に1978年のアルバム『GO AHEAD!』に収録された「BOMBER」でのプレイは語り草となっている。アイズレー・ブラザーズを彷彿とさせるフェイザーを駆使したエモーショナルなギターソロは、当時のリスナーに衝撃を与え、都会的で洗練された「タツロー・サウンド」の核を形成した。アルバム『MOONGLOW』でも半数以上の楽曲で編曲を手掛けるなど、プレイヤーの枠を超えた軍師的な役割を果たしていた。
中森明菜「DESIRE」で見せた編曲家としての手腕
1980年代、椎名さんは編曲家・プロデューサーとしてその才能をさらに開花させる。1986年には中森明菜の金字塔的ヒット曲「DESIRE -情熱-」の編曲を担当。ドラマチックかつエッジの効いたサウンド構築が評価され、第28回日本レコード大賞編曲賞を受賞した。
その仕事は多岐にわたり、薬師丸ひろ子「元気を出して」、RCサクセション「雨あがりの夜空に」、中島みゆき、井上陽水、光GENJI、SMAPまで、ジャンルの垣根を超えて日本の音楽シーンを裏側から支え続けた。竹内まりや周辺のプロジェクトやアイドルポップスにおいても、その都会的でヨーロピアンな気品漂うアレンジは、楽曲のスタンダード化に大きく寄与した。
演奏家の権利保護に捧げた後半生
ミュージシャン、アレンジャーとしての活動と並行し、椎名さんが情熱を注いだのが「実演家の権利保護」である。
「自分たちミュージシャンの権利をちゃんとしよう」という信念のもと、1995年に演奏家団体「PIT」を設立。後に一般社団法人MPN(演奏家権利処理合同機構)の理事長として、デジタル化が進む社会における著作隣接権の確立や、私的録音録画補償金制度の推進に尽力した。音楽業界のインフラを整備し、後進の奏者が正当な対価を受け取れる仕組みを作った功績は計り知れない。
「職人」が去った後の静寂
訃報を受け、音楽仲間やファンからは悲しみの声が相次いでいる。ミュージシャンの難波弘之氏はSNSでその死を悼み、ムーンライダーズは公式Xでドキュメンタリー映画『マニアの受難』での出演を振り返りながら、感謝の意を 表した。
緻密なバンドアンサンブルを構築する職人気質でありながら、音楽の権利を巡る議論では論客として最前線に立った椎名和夫さん。彼が奏でた「BOMBER」の鮮烈なギターソロや、「DESIRE」の煌びやかなイントロは、これからも日本の音楽史の中で鳴り続けるだろう。
葬儀・告別式については近親者のみで執り行われる予定。長年にわたる日本のポップス界への多大なる貢献に、心からの敬意を表したい。
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