2026年2月28日、春を間近に控えた日本は、スポーツ、エンターテインメント、そして次世代社会への転換という多層的なトピックに沸いています。今日までの主要なニュースを、私たち日本人の視点から振り返ります。
桜の早咲きと変わりゆく気象
今年の冬は記録的な高温に見舞われました。その影響は、日本の春の象徴である桜にも及んでいます。2月の記録的高温により、東京の開花予想は平年より1週間以上早い3月16日頃が見込まれています[1]。春が早まる喜びの一方で、気象庁は深刻な温暖化を受け、35度以上の「猛暑日」を超える40度以上の新名称について国民アンケートを開始しました[49]。「酷暑日」など13の候補が挙がっており、2026年夏からの運用を目指すという動きは、今の日本の環境変化を象徴しています。
侍ジャパンと「世界のイマイ」:野球界の熱狂
3月のWBC開幕を前に、侍ジャパンへの期待は最高潮に達しています。特に注目は、1966年以来、60年ぶりとなるオーストラリア戦での「天覧試合」です。大谷翔平選手らが天皇陛下の御前でプレーする歴史的一戦となります[5]。強化試合では、ロッテの種市篤暉投手が156キロの剛速球で井端監督を唸らせる[24]一方、守護神候補の大勢投手が緊急降板するアクシデントも発生し、中日の高橋宏斗投手の配置転換説が浮上するなど、連覇への緊張感が漂っています[56][43]。 また、西武のエース今井達也投手がアストロズと最大98億円の3年契約に合意し、世界へ羽ばたくニュースはファンの胸を熱くさせました[3]。
転換点を迎える経済と地域社会
経済界では大きな再編と「国産」への回帰が目立ちます。名古屋駅前の顔として71年愛された名鉄百貨店本店が、本日その歴史に幕を閉じました[10]。また、近畿圏ではダイエーが光洋を吸収合併し、「新生ダイエー」として3000億円規模の巨大連合をスタートさせます[11]。 ハイテク分野では、日の丸半導体の旗手・ラピダスが2ナノ級量産に向け2670億円の出資を確保[63]。「ガイアの夜明け」でも密着された日立ハイテクの癌治療装置開発[4]など、日本の技術で未来を切り拓く動きが加速しています。
エンタメの深化と次世代ゲームの衝撃
エンターテインメント界では、Nintendo Switch 2が発売から半年で市場を席巻し、安定供給とともに「真の普及期」に入りました[8][13]。これに合わせ、『ポケットモンスター ウインド・ウェーブ』が発表され、東南アジアをモデルとした広大なオープンワールドへの期待が膨らんでいます。さらに往年の名作『ファイアレッド・リーフグリーン』のSwitch配信は、30周年を祝うファンへの最高のギフトとなりました[40][48][52][55]。 また、沢尻エリカさんの6年半ぶりの銀幕復帰[9]や、杉田智和さん[7]、上田麗奈さん[19]、内田雄馬さん[27]といった実力派声優たちの深化する表現力にも注目が集まっています。
ライフスタイルの変化と光影
私たちが日常で注目する話題も欠かせません。コストコではエグゼクティブ会員への特別優待が開催され、ロイヤリティ戦略が鮮明になっています[22]。SNSでは「マイメロ泣き」という、若者の新たな自己表現ミームがトレンドとなりました[36]。 一方で、人気バンドMY FIRST STORYの無期限活動休止[30]や、漫画アプリ「マンガワン」での原作者を巡る炎上騒動[57]など、業界の光と影も浮き彫りになっています。
明日からは3月。東京マラソンの開催[23]やプロ野球シーズンの本格化を控え、日本は新しい変化の季節へと向かっていきます。
「官邸の守護神」杉田和博氏が84歳で死去、危機管理と官邸主導の功罪
ニュース要約: 元内閣官房副長官の杉田和博氏が84歳で逝去しました。警察庁出身の危機管理のプロとして歴代最長の在任期間を誇り、第2次安倍内閣以降の官邸主導政治を支えた一方、内閣人事局を通じた官僚人事への介入や学術会議問題での関与など、その強大な権力行使は議論を呼びました。戦後日本の安全保障と政治の裏側を象徴する人物の終焉を報じます。
日本の危機管理を支えた「影の実力者」杉田和博氏、84歳で逝去
警察庁から官邸へ――公安・危機管理のプロフェッショナルとして歩んだ約60年
2025年12月21日、元内閣官房副長官の杉田和博氏が84歳で死去した。日本の危機管理体制を支え続け、「総理の守護神」とも称された杉田氏の足跡は、戦後日本の安全保障と政治の舞台裏を映し出している。
警察官僚としてのキャリア
1966年、東京大学法学部卒業後に警察庁に入庁した杉田氏は、主に警備・公安分野でキャリアを積んだ。1973年には警視庁本富士警察署長に就任し、その後も警視庁警備部警備第一課長、神奈川県警察本部長などの要職を歴任。1994年には警察庁警備局長に就任し、地下鉄サリン事件や國松孝次警察庁長官狙撃事件、在ペルー日本大使公邸占拠事件などの重大危機に対応した。
これらの経験は、杉田氏を「危機管理の実務家」として広く認知させることとなった。温和な性格と高い調整能力を持ち、「諜報のプロ」として政権中枢から厚い信頼を得た。
官邸中枢での活躍と「杉田機関」
1982年、中曽根康弘内閣で内閣官房長官秘書官事務取扱に就任したことが、杉田氏の官邸との深い関わりの始まりだった。後藤田正晴、藤波孝生両官房長官の下で経験を積み、1997年には内閣情報調査室長、2001年には初代内閣情報官に就任。その後、内閣危機管理監を経て、2012年には第2次安倍内閣で内閣官房副長官(事務担当)に就任した。
この副長官在任期間は約9年(3205日)に及び、歴代最長記録を樹立。安倍晋三首相との親交が深く、正副官房長官会議で政権運営の要として機能した。杉田氏が構築した情報網は「杉田機関」と称され、霞が関全体に影響力を及ぼす存在となった。
内閣人事局長としての権力集中
2014年に発足した内閣人事局の局長を兼務した杉田氏は、官僚人事に強い影響力を行使した。これにより、官邸主導の人事構造が確立され、各省庁の幹部人事が官邸の意向に沿って決定されるようになった。
しかし、この権力集中は批判も招いた。2017年には前川喜平文部科学事務次官(当時)に対し、政権批判者を人事候補から外すよう指示したとされ、行政の独立性を損なうとの指摘が相次いだ。2018年の森友学園文書改ざん事件では、国土交通省からの報告を最初に受け、麻生太郎財務相を「中抜き」して官邸直結のルートで情報を伝達。省庁間の通常の報告経路が無視されたことで、官邸の「強すぎる」権力が行政の歪みを生んだとの批判が高まった。
学術会議任命拒否問題での関与
2020年、日本学術会議会員任命拒否問題では、杉田氏の具体的な関与が明らかになった。内閣府から開示された行政文書によると、候補者リストに「外すべき者」との記載があり、杉田氏が特定候補に難色を示したことが、菅義偉首相(当時)による6名の任命拒否の背景にあったとされる。
この問題は、学術会議の独立性を侵害したとして総務省情報公開審査会が違法と結論づけたが、政府は「解釈変更なし」との立場を貫いた。政治的判断の持ち込みが明らかになり、杉田氏の権力行使のあり方に改めて注目が集まった。
評価と遺産
危機管理の専門家として高い評価を受けた杉田氏だが、「社会福祉や経済の視野に欠ける」との批判もあった。官僚のプライバシーにまで及ぶ監視体制や、人事介入による行政の歪みは、官僚陣の不満を高める一因となった。
2021年に内閣官房副長官を退任後、杉田氏は公の場から姿を消し、2025年12月時点での公的活動は確認されていない。サイバーセキュリティ戦略本部での議論参加や、国と地方の危機管理体制見直しへの関与など、晩年も専門性を生かした活動を続けていたとされる。
杉田和博氏の死去は、戦後日本の危機管理と官邸主導政治の象徴的存在の終焉を意味する。その功罪を冷静に検証し、今後の日本の政治・行政のあり方を考える契機とすべきであろう。