上野千鶴子：40年の軌跡と2025年最新論点—構造的差別と「弱者の連帯」を再定義する

ジェンダー論の第一人者、上野千鶴子が問う「弱者の連帯」 ─ 40年の軌跡と2025年の新論点

社会学者・上野千鶴子氏は、日本のジェンダー研究、フェミニズム理論を40年以上にわたり牽引してきた、現代社会において最も影響力のある知識人の一人である。彼女の思想は、男性優位の社会構造に対する鋭い批判と、弱者が弱者のままで尊重される社会を目指す「フェミニズム」の定義を、日本社会に深く定着させた。

2025年11月現在、上野千鶴子氏の活動は衰えることなく、特に11月12日に刊行された最新著作『上野さん、主婦の私の当事者研究につきあってください』が大きな反響を呼んでいる。長年、家族社会学やジェンダー不平等を分析してきた彼女が、今回は「主婦」という立場の当事者研究に向き合うことで、フェミニズムの現代的課題と社会的包摂のあり方を問い直している。この著作は、発売直後から書評やメディアで活発な議論を呼び、再び上野千鶴子ブームの様相を呈している。

構造的差別の解明と「アグネス論争」

上野千鶴子氏の学術的功績は多岐にわたるが、その核心は、性差別が個人の資質や努力の問題ではなく、社会構造に根ざしたものであるという指摘にある。1994年にサントリー学芸賞を受賞した『近代家族の成立と終焉』は、ジェンダー研究の理論的基盤を確立した金字塔とされる。

彼女の社会的な影響力を決定づけたのは、1987年の「アグネス論争」への発言や、その後の女性のキャリア、労働環境に関する継続的な批判である。女性が職場で強いられる「お茶くみ」のような慣習すら、構造的な性差別の一端であり、それを変えることの困難さを具体的に示してきた。東京大学教授（1996-2007）として後進の育成に努め、社会学会理事や日本学術会議会員などの要職を歴任したことからも、彼女が日本の学術界にフェミニズム理論を定着させたパイオニアであることが伺える。

また、上野千鶴子氏の影響力は国内に留まらない。近年、中国をはじめとするアジア各国でも彼女の著作が翻訳され、「上野千鶴子ブーム」が起きていることは、グローバルな視点からジェンダー平等を考える上で、彼女の思想が普遍的な価値を持つことを示している。

社会を揺るがしたメッセージ：東大スピーチと非婚主義

上野千鶴子氏が社会に投じた最も衝撃的なメッセージの一つが、2019年の東京大学入学式での祝辞だろう。このスピーチは、従来の「努力すれば報われる」という自己責任論的なメッセージを根本から覆した。

彼女は新入生に対し、「がんばったら報われる」という考えは、恵まれた環境や運に恵まれた者だけが持つ特権であると指摘し、努力が報われない人々、特に女性や社会的弱者への想像力と連帯を求めた。この率直な現実認識は、多くの若者、特に女性からの強い共感を呼んだ一方で、「入学式にふさわしくない」といった反発も生み、社会の価値観の大きな分断を浮き彫りにした。

さらに、上野千鶴子氏の生き方そのものも、長年にわたり社会に問題提起をしてきた。彼女は一貫して「非婚主義」を貫き、結婚を「特定の異性に身体的・性的使用権を排他的に譲渡する契約」として、家父長制の構造を批判してきた。

しかし、近年、婚姻届を提出したという私的な選択も報じられ、これは「非婚主義」が絶対的な教義ではなく、個人の選択や事情により変わりうる柔軟な姿勢を示唆するものと受け止められている。彼女は「おひとりさま」の生き方を肯定し、結婚に依存しない女性の自律と自立を重視する姿勢を崩していない。老後も一人で生きることの幸福や社会的成功を示すことで、現代の多様な家族観、特に若者の結婚・家族観に対し、自由な選択と持続的な親密性の維持という視点から重要な示唆を与え続けている。

現代フェミニズムの展望

2025年現在、上野千鶴子氏が最新刊で主婦の「当事者研究」に焦点を当てたことは、フェミニズムが個人の内面や日常生活に深く入り込む現代的な展開を示している。単なる制度批判に留まらず、家庭内のジェンダー役割や、女性が抱える見えにくい負担を社会学的に掘り下げることで、新たな連帯の形を模索していると言える。

上野千鶴子氏の思想は、性差別やミソジニー（女性嫌悪）が根強く残る日本社会において、常に批判の最前線に立ち続け、社会の変革を促す原動力であり続けている。彼女のメッセージは、次世代の女性たちが、過去の抑圧から解放され、自らの人生を主体的に選択するためのメタ知識と、弱者への共感という倫理観を育む上で、不可欠な羅針盤となっている。