元AKB48内田眞由美の現在|借金7000万円を完済し実業家として成功した逆転劇
ニュース要約: 初代じゃんけん女王・内田眞由美が、AKB48卒業後に背負った7000万円の借金やコロナ禍の苦境を乗り越え、実業家として「焼肉 IWA」を守り抜く現在に迫ります。元メンバーのセカンドキャリア支援も行い、アイドルの枠を超えた起業家としての生き様は、多くの人々に逆境を乗り越える勇気を与えています。
元AKB48「初代じゃんけん女王」内田眞由美の現在――借金7000万円を乗り越えた「セカンドキャリア」の真髄
【2026年3月27日 東京】
かつて日本中を席巻したアイドルグループ・AKB48。その歴史の中で、最も「運」と「勝負強さ」を象徴する出来事といえば、2010年に開催された第1回じゃ抜けん大会だろう。選抜経験ゼロの無名メンバーから一躍センターの座を射止めた「初代じゃんけん女王」、内田眞由美(32)。あれから16年、彼女は今、アイドル時代の華やかなスポットライトとは異なる、実業家としての「泥臭くも力強い」戦いの渦中にいる。
■「チャンスの順番」を経営の命運に変えて
2014年、当時現役アイドルだった内田は、東京・新大久保に「焼肉 IWA」をオープンさせた。AKB48在籍中のメンバーが飲食店を開くという異例の試みは大きな話題を呼び、初年度の年商は1億円を突破。しかし、その裏側では20歳にして5000万円という巨額の借金を背負う、過酷な船出でもあった。
2015年のグループ卒業後、タレントから専業の経営者へと舵を切った彼女を待っていたのは、飲食業界の厳しい洗礼だった。2016年に新潟へ出店した2号店では、信頼していた知人を通じたフランチャイズ契約による詐欺被害に遭い、借金は一時7000万円まで膨れ上がった。さらに追い打ちをかけたのが新型コロナウイルスのパンデミックだ。売上は8〜9割減、1日の来客数が10人に満たない日も続き、自身の給料がゼロになる苦境を経験した。
しかし、内田は折れなかった。「じゃんけん大会で1位を獲ったとき、毎日イメトレを欠かさなかった」と語る執念は、経営の現場でも発揮された。アイドル時代の知名度に頼る「ファンビジネス」から脱却し、肉の質や接客の細部にこだわる「飲食店としての自立」を模索。2025年12月には「ヌック管水腫」の切除手術を受けるという健康上の試練も乗り越え、2026年現在も「焼肉 IWA」の看板を守り続けている。
■卒業生の「受け皿」としての役割
「焼肉 IWA」の特筆すべき点は、単なる飲食店にとどまらず、AKB48卒業生たちのセカンドキャリア支援の場となっていることだ。これまで野中美郷や島崎遥香といった元メンバーをアルバイトとして迎え入れ、芸能界以外の社会経験を積む場を提供してきた。
内田は「一人ひとりに人生がある」と語り、夢を追う後輩たちがダブルワークで働ける環境を整備している。ファンにとっては、卒業後のメンバーと交流できる聖地であり、卒業生にとっては、次のステップへ踏み出すための「止まり木」のような役割を果たしているのだ。
一方で、近年のAKB48結成周年イベント等への参加については、慎重な姿勢が見て取れる。実業家としての活動に軸足を置いているため、安易な露出は控えているようだ。それでも、店内に飾られた「じゃんけん大会」の金色のトロフィーは、彼女の原点がどこにあるかを無言で物語っている。
■発信し続ける「起業家」としての背中
現在の内田のSNSを見ると、Instagramのフォロワー数は2万5000人を超え、中規模ながらも根強い支持を維持している。発信内容はアイドルのキラキラした日常ではなく、商品開発の裏側や経営論など、一人の起業家としての言葉が目立つ。2026年には「セカンドキャリアEXPO」への登壇も予定されており、アイドルの「その後」をどう生きるか、そのモデルケースとして社会的な注目を集めている。
「チャンスの順番」は、待っているだけでは巡ってこない。巡ってきたチャンスを、いかにして継続的な「力」に変えていくか。20歳で背負った重い借金と、10年以上にわたる経営の荒波は、かつての少女を、強くしなやかな実業家へと変貌させた。
「アイドルを卒業した後の人生の方がずっと長い」。内田眞由美の生き様は、不安定な時代を生きるすべての人々に、逆境を乗り越えるための勇気を与えている。
(文・経済部 記者)
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