タイ経済、年末商戦で反転攻勢:観光回復とデジタルウォレット政策の成否
ニュース要約: タイ経済は年末商戦と観光客回復(特に中国人観光客誘致)を追い風に、短期的な回復を目指す。新政権の目玉「デジタルウォレット構想」が消費を刺激する一方、財政負担や家計債務などの構造的課題は残る。政府はインフラ投資や再エネ推進で中長期の体質改善を図り、2026年以降の成長を左右する。
タイ経済、年末商戦とデジタル政策で反転攻勢へ:観光客回復に期待、構造改革は道半ば
2025年12月1日(バンコク発)
東南アジアの経済大国タイは、2025年後半に入り、低迷する国内景気の回復を喫緊の課題としている。特に年末年始の観光需要と、新政権が掲げる大胆な経済刺激策「デジタルウォレット構想」が、経済のテコ入れ役として注目を集めている。しかし、構造的な家計債務の問題や、政策実現への財政的な持続可能性など、課題は山積している。
■ 観光頼みの経済回復、安全面での懸念も
タイの経済にとって、観光業は依然として最も重要なファクターである。タイ政府の統計によると、2025年1月から11月までにタイを訪れた外国人観光客は約2758万人に達し、観光による経済効果は1.2兆バーツ(約5兆円超)と推定されている。この数字はコロナ禍以前の水準に近づきつつあり、観光客の増加が経済回復の重要な鍵を握っていることが裏付けられた。
年末年始にかけての需要は特に高く、バンコクは海外人気旅行先ランキングで上位に食い込むなど、引き続き高い魅力を維持している。政府は国内需要を喚起するため、年末年始休暇を5連休に設定し、宿泊や交通需要の増加を狙う。
中でも、中国人観光客の誘致に力が注がれており、年末までにさらに200万人の呼び込みを目指す。しかし、安全面での懸念から、当初の年間目標からは下方修正され、2025年末の予測は約3340万人にとどまる見込みだ。観光客増加のペースを維持しつつ、いかに安全対策を強化するかが、今後のタイ観光業の課題となる。
■ 新政権の二本柱:デジタルウォレットとインフラ投資
タイ新政権は、短期的な消費刺激と中長期的な成長基盤の構築を経済政策の二本柱としている。
短期的な景気浮揚策の目玉は「デジタルウォレット構想」だ。これは、低所得者層や中小事業者を対象に、スマートフォンアプリを通じて政府資金を直接付与し、地域経済での消費を促すことを目的とする。2025年11月には、一部地域で試験導入が開始され、「コンラクルン・プラス」と呼ばれる消費刺激パッケージの一環として、家計債務の軽減と消費活性化への貢献が期待されている。
しかし、政策への懸念も少なくない。財政負担の持続性や、高齢者や地方住民におけるデジタル格差の問題が指摘されており、一部の経済専門家からは、デジタルウォレットによる効果は「限定的」との見方も出ている。タイ経済の成長率予測が1.8~2.2%と鈍化傾向にある中、この刺激策がどの程度の実効性を発揮するかが焦点となる。
一方、中長期的成長を図るため、政府はインフラ整備と投資環境の改善を急ぐ。大型投資案件の手続きを迅速化する「Thailand FastPass」制度を導入し、特にデータセンターや再生可能エネルギー(再エネ)分野への外資誘致を強化している。送電網の拡充や、2037年までに総発電量の50%を再エネで賄うという野心的な目標も掲げ、構造改革を通じて経済の体質改善を目指す。
■ ソフトパワーの浸透:BLドラマが結ぶ日タイの若者
経済政策とは別に、タイのポップカルチャーが日本の若者を中心に熱狂的な支持を集めている点も、日タイ関係における重要な動向である。
特に、タイのBL(ボーイズラブ)ドラマは、楽天TVやGMMTVなどを通じて日本語字幕付きで配信され、高い人気を誇る。『2gether』や『SOTUS』といった青春・学園をテーマにした爽やかな恋愛ストーリーは、日本の若者層に広く浸透し、タイの音楽やファッション文化への関心を高めている。
こうしたポップカルチャーの力は、単なるエンターテインメントの枠を超え、日タイ間の文化交流を促進し、若者層の相互理解と親近感を形成する「ソフトパワー」として機能している。観光客誘致や投資促進といったハードな経済政策と並行し、文化的な魅力がタイの国際的なプレゼンス向上に寄与していると言えるだろう。
タイ経済は、年末の観光客増加と政府の景気刺激策によって短期的な回復を目指す一方で、デジタル化の推進とインフラ投資による中長期的な経済構造改革という、二つの大きな課題に直面している。世界経済の動向と国内政策の実行力が、2026年以降のタイ経済の行方を左右することになる。(了)