【独自】モーグル金メダリスト・里谷多英氏の現在:フジテレビ副部長としての転身とミラノ五輪への情熱
ニュース要約: 長野五輪金メダリストの里谷多英氏が、フジテレビ副部長としてイベント制作に奔走する第2の人生を追う。36歳での会社員再出発から、2026年ミラノ五輪での解説者としての活躍まで、かつての「モーグルの女王」が語るウィンタースポーツへの恩返しと亡き父への想い、そして未来への展望をまとめた独占記事。
【独自】モーグル金メダリスト・里谷多英氏の「今」を追う フジテレビ副部長として奔走する日々、そしてミラノ五輪への情熱
【2026年3月19日】
かつて、雪上の華麗なるターンと力強いエアで日本中を熱狂させた一人の女性がいる。1998年長野オリンピック、フリースタイルスキー・モーグル女子で、日本人女子として冬季五輪史上初の金メダルを獲得した「里谷多英(さとや・たえ)」氏だ。
あれから28年。5大会連続のオリンピック出場を経て、2013年に現役を引退した彼女は今、どこで何を思っているのか。現在の活動から、2026年ミラノ・コルティナ五輪への展望まで、その足跡を追った。
「金メダリスト」から「フジテレビ副部長」への転身
現在50歳を迎えた里谷多英氏は、勤務先であるフジテレビジョンで着実なキャリアを築いている。1999年に入社した彼女は、現役時代から人事部に所属しながら競技を続けてきた。2013年の引退後は、本格的に業務に専念。新入社員研修やExcel教室を受講するという、アスリートから会社員への「36歳での再出発」を経て、現在は同社イベント事業局イベント販売企画部の「副部長」という要職に就いている。
「オダイバ恐竜博覧会」や世界最高峰のサーカス「シルク・ドゥ・ソレイユ」の日本公演など、100万人規模を動員するビッグイベントの制作・販売企画に携わる日々だ。「子どもたちの喜ぶ顔や、大規模イベントをやり遂げた時の達成感は、競技とはまた違う大きな喜び」と周囲に語る彼女の表情は、今やベテラン会社員のそれである。
かつて週刊誌などで世間を騒がせたスキャンダルに苛まれた時期もあったが、四半世紀という歳月は彼女をより成熟させた。定年までフジテレビに残り、将来的には自身の原点であるスキー関連のスポーツイベントを手がけ、日本でのウィンタースポーツ人気に貢献したいという夢も抱いている。
ミラノ五輪で見せた「解説者」としての矜持
2026年2月、里谷氏の姿はイタリア・ミラノにあった。フジテレビのオリンピック解説者として、「ノンストップ!」や「サン!シャイン」といった情報番組に連日出演。かつての勝負師の眼差しで、後輩たちの滑りを見守った。
特に今大会で注目されたのは、今やモーグルの花形となった「デュアルモーグル」だ。里谷氏自身、現役時代はシングルよりも対戦形式のデュアルを得意としていたこともあり、ターン・ジャンプ・スピードの総合的な駆け引きを、視聴者へ分かりやすく紐解いた。
エース・堀島行真選手がデュアルモーグルで見せた魂の滑りに対し、「自身の極限に挑む姿は、いつの時代も美しい」と涙ぐむ場面も。SNS上では「里谷多英さんの解説が分かりやすい」「お姉さんになって、ますます綺麗になった」といった好意的なコメントが相次ぎ、かつての「モーグルの女王」の再登場に、往年のファンも歓喜した。
亡き父に捧げた金メダル、そして未来へ
里谷氏の原点は、常に父・昭三さんと共にある。長野五輪のわずか半年前、ガンで急逝した父。出棺の際、彼女は「私、オリンピックで頑張るから」と誓った。父が残した「成績よりも、よい滑りを」という言葉を胸に、飯綱高原の急斜面を攻め抜いた結果が、日本モーグル界の歴史を変える金メダルだった。
その後、左足首の骨折などの苦難を乗り越え、2002年ソルトレークシティ五輪で銅メダルを獲得。計5大会出場の功績は、上村愛子氏や堀島選手といった次世代のスターたちが羽ばたくための強固な基盤となった。
現在は、イベント制作という「舞台裏」からエンターテインメントを支えつつ、節目の五輪では「言葉」でスキーの魅力を伝える。里谷多英という一人の女性が歩む道は、メダルを獲ること以上に困難で、そして豊かな第2の人生のあり方を、私たちに示しているのかもしれない。
「私はスキーに育てられた。だから、どんな形でも恩返しをしていきたい」
雪原からオフィス、そしてテレビの画面越しに。里谷多英の挑戦は、形を変えながらこれからも続いていく。
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