【独自】杉本哲太と神津はづきが熟年離婚、34年の結婚生活に終止符。おしどり夫婦が選んだ「卒業」の理由とは
ニュース要約: 俳優の杉本哲太と女優・刺繍作家の神津はづきが、1992年の結婚から34年を経て離婚したことが判明。一男一女に恵まれ「おしどり夫婦」として知られた二人ですが、子供の独立や母・中村メイコさんの逝去を経て、人生の最終章を前に互いの自立を尊重する「卒業」を決断。双方は心機一転、新たな人生を歩み始めています。
【独自】杉本哲太と神津はづき、34年の結婚生活にピリオド 「運命の出会い」から熟年離婚へ至った背景
【2026年4月8日】 実力派俳優として不動の地位を築いている杉本哲太(60)と、女優・刺繍作家として活動する神津はづき(63)が、先月20日に離婚していたことが分かった。1992年の結婚から34年。芸能界きっての「おしどり夫婦」として知られた二人の決断は、多くのファンや関係者に驚きを与えている。
■「運命的」と称された出会いと歩み
二人の出会いは1989年頃にさかのぼる。元暴走族という異色の経歴を持ち、俳優として頭角を現し始めていた杉本と、作曲家の神津善行氏、女優の中村メイコさんという「芸能一家」に育った神津。対照的なバックグラウンドを持つ二人の交際は、当時「運命的な馴れ初め」としてメディアでも大きく報じられた。
約3年の交際期間を経て1992年にゴールイン。結婚当初は「本音をぶつけ合う激しい夫婦喧嘩が絶えなかった」と後に杉本自身が回想しているが、それも情熱的な関係の裏返しだった。1995年には長男の太吉(TAKICHI)、1997年には長女が誕生。一男一女に恵まれた家庭生活の中で、杉本は妻を「よくできた奥さん」と公の場で絶賛し、神津もまた、多忙な女優業の傍らで子供たちのお弁当作りを欠かさないなど、献身的に家庭を支えてきた。
■深まった絆、そして訪れた「個」の時間
2017年の銀婚式前後には、喧嘩の絶えなかった初期とは対照的に、互いを尊重し合う穏やかな関係へと変化していた。神津は刺繍作家としての才能を開花させ、2018年にはファッションブランドを立ち上げるなど、プロデューサーとしての顔も持つようになった。杉本もまた、神津のこうした自立した活動を温かく見守っていたという。
しかし、近年、家族を取り巻く環境には大きな変化があった。2023年の大晦日、神津の母である中村メイコさんが逝去。家族葬を経て、神津は父・善行氏を支える日々を送っていた。母の死をきっかけに執筆されたエッセイ『ママはいつもつけまつげ』では、ユーモアを交えつつも家族の深い絆を綴っていただけに、今回の別離という選択は、人生の最終章を前にしたそれぞれの「自立」という意味合いが強いと推測される。
■子供たちの現在と、これからの二人
長男の太吉は現在30歳。父の背中を追うように音楽の世界へ入り、現在はTAKICHI名義でプロのドラマーとして第一線で活躍している。長女もまた、芸術的な才能を受け継ぎ、それぞれの道を歩んでいる。子供たちが成人し、親としての責任を一区切りつけたことも、今回の決断の背景にあるのだろう。
現在、杉本は俳優として多忙を極めている。2026年4月には配信ドラマ『外道の歌 SEASON2』やNetflix『地獄に堕ちるわよ』の公開が控えるほか、舞台『岸辺のアルバム』への出演も決定している。離婚発表に際し、杉本は「心機一転、俳優としてより一層精進してまいります」とコメント。神津も自身のSNSで「心機一転」と前向きな姿勢を見せている。
34年という長い歳月を経て、共に歩んだ道のりを糧に、二人は別々の「個」としての人生を歩み始めた。熟年離婚という言葉だけでは括れない、成熟した大人同士の「卒業」とも言える選択。日本を代表する俳優とクリエイターとして、二人の今後の活躍に改めて注目が集まっている。
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