元U-20代表・青山隼が歩む異例のセカンドキャリア:JリーグからSHOW-WA、そして全キー局制覇への軌跡
ニュース要約: 元プロサッカー選手の青山隼が、秋元康プロデュースの「SHOW-WA」での活動や俳優業を通じて、異例のセカンドキャリアを築いています。U-20日本代表としての経験を糧に、現在は全キー局での番組出演や地元徳島への貢献など、スポーツと芸能を融合させた独自のポジションを確立。泥臭い努力と礼儀正しさで、30代後半を迎えた今も新たなステージで輝き続ける彼の挑戦を深掘りします。
【深層リポート】元U-20代表・青山隼が歩む「セカンドキャリア」の極意――Jリーグから昭和歌謡、そして全キー局制覇へ
2026年4月7日。日本のエンターテインメント界において、今最も「異色の輝き」を放っている男がいる。元プロサッカー選手の青山隼(38)だ。名古屋グランパス、浦和レッズ、徳島ヴォルティスといった名門クラブでボランチとして活躍し、2007年のFIFA U-20ワールドカップでは「調子乗り世代」の主力として日本の16強進出に貢献した彼が、今、ピッチではなく、歌謡ステージと全国放送のテレビ画面を席巻している。
■「SHOW-WA」としての躍進と新たなステージ
現在の青山隼を語る上で欠かせないのが、秋元康氏がプロデュースする6人組昭和歌謡&ポップスグループ「SHOW-WA」での活動だ。2023年7月の結成以来、地道な活動を続けてきた同グループは、2025年末に日本レコード大賞新人賞を受賞。その勢いは2026年に入っても衰えることを知らない。
フジテレビ系のお昼の顔『ぽかぽか』でのレギュラー出演を終えた後、青山の活動範囲はさらに加速している。関係者によれば、現在は「全キー局でのソロ活動」を本格化させており、4月初旬にはTBSの大型特番で持ち前の心肺能力を活かした激走を見せるなど、スポーツとバラエティを融合させた独自のポジションを確立。もはや「元Jリーガー」という肩書きを借りずとも、一人のタレントとして茶の間に浸透しつつある。
■挫折を糧にした「俳優・青山隼」の矜持
2015年、27歳の若さで現役引退を表明した際、周囲には衝撃が走った。怪我や出場機会の停滞に苦しんだ末の決断だった。翌2016年から俳優・タレントに転身したものの、待っていたのは「元プロ」の威光が一切通用しない厳しい現実だった。
「サッカーでは勝利に貢献する姿を届けようとしていた。今、歌やダンスで届けようとしているものも、本質的には同じなんです」。青山はかつてのインタビューでそう語っている。
転身初期、ドラマ『相棒 season15』や映画『新宿スワンII』で端役からスタートした彼のキャリアは、一歩ずつ着実に積み上げられてきた。近年ではNHK Eテレ『姫とボクはわからないっ』へのレギュラー出演や、舞台『六畳一間で愛してる』での主演、さらには『孤独のグルメ Season10』へのゲスト出演など、実力派俳優としての顔も定着した。サッカー選手時代に培った「11人の中の一人」としての規律と、泥臭く努力を継続する精神が、華やかな芸能界でのサバイバルを支えている。
■古巣への恩返し、そして「戦友」との絆
芸能活動に邁進する一方で、青山はサッカー界への恩返しも忘れていない。2025シーズンも徳島ヴォルティスの「レジェンドアンバサダー」を継続しており、地元企業である阿波銀行のCMにも出演中だ。
また、共に日の丸を背負った香川真司や、浦和時代のチームメイトとの交流も続いている。2024年の名古屋グランパスのイベントに「SHOW-WA」として出演したきっかけも、当時のスタッフとの縁だったという。かつての戦友たちが現役続行や指導者の道を歩む中、青山は「エンターテインメント」という別のフィールドから日本サッカーを盛り上げようとしている。
■「礼儀正しき努力家」への高い支持
SNSやバラエティ番組で見せる青山の私生活は、ファンの間で「極めて礼儀正しい」と評判だ。「暇が一番辛い。毎日何かがあることに感謝したい」と語るストイックな姿勢は、かつてのサポーターのみならず、SHOW-WAから彼を知った若い層からも厚い支持を集めている。
30代後半を迎え、大人の色気とスポーツマンの爽やかさを兼ね備えた青山隼。かつてU-20W杯スコットランド戦で鮮烈なミドルシュートを決めたその右足は、今、自らの手で切り拓いたセカンドキャリアという大舞台で、新たな「ゴール」を狙い続けている。
(記者:メディア・ストラテジスト)
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