マイナ保険証「5割の壁」と医療DXの現在地:義務化1年、現場の混乱と信頼構築の課題
ニュース要約: 健康保険証の原則廃止から1年余り、マイナ保険証の利用率は約47%と政府目標の7割に届かず停滞が続いています。高齢者の運用や介護現場での管理負担、登録解除を巡る不安など課題が山積する中、2026年度の次期カード導入を控え、システム利便性の向上と国民の信頼回復がデジタル移行成功の鍵を握っています。
【深層リポート】マイナ保険証、義務化から1年余 利用率5割の壁と「医療DX」の現在地
2026年3月15日 東京
「これまで通り、紙の健康保険証と同じ感覚で使えると思っていたのですが……」。都内のクリニックを訪れた70代の男性は、受付に設置された顔認証付きカードリーダーの前で戸惑いの表情を浮かべた。
2024年12月の健康保険証廃止から1年以上が経過した。政府が推進する「医療DX」の中核を担う「マイナ保険証」だが、2026年3月現在の利用状況は、理想と現実の激しい乖離に直面している。
停滞する利用率、政府目標との「20ポイントの溝」
厚生労働省の最新データ(令和7年10月実績)によると、マイナ保険証の全国平均利用率は約47.26%。前月比で微増傾向にはあるものの、依然として5割の壁を突破できていない。
特に深刻なのは、政府が診療報酬の「医療DX推進体制整備加算」で設定した目標値との乖離だ。2026年3月から5月の期間、医療機関が最高区分の加算を算定するには、レセプト件数ベースで「70%以上」の利用率が求められる。しかし、現状の全国平均とは約23ポイントもの開きがあり、開業医の約半数が利用率50%未満にとどまっているのが実情だ。
「このままでは経営を下支えする加算が維持できない」。地方の診療所院長は危機感を募らせる。地域格差も顕著で、利用率が5割を超える県がある一方で、沖縄県のように27%台に低迷する地域もあり、全国一律のデジタル移行が難航している様子が見て取れる。
迷走する高齢者・介護現場の運用
現場をさらに混乱させているのが、高齢者や施設入所者の運用課題だ。
85歳以上の高齢層におけるマイナ保険証利用率は約24%と、全体の半分以下に沈む。認知症の進行や身体的理由により、暗証番号の入力や顔認証が困難なケースが多発しているためだ。全国保険医団体連合会の調査では、介護施設の94%が「入所者のマイナンバーカード管理はできない」と回答。紛失時の責任問題や個人情報漏洩のリスクを、多忙な現場が背負いきれない実態が浮き彫りになっている。
2026年8月からは、後期高齢者向けの「資格確認書(紙の代替)」について、利用実績に基づく選別交付への移行が予定されている。状態の変化が激しい高齢者に対し、誰に書面を交付し、誰にカード利用を促すのか。家族やケアマネジャーとの連携フローは未整備のままだ。
「登録解除」という選択肢と、システムの信頼性
こうした不安を背景に、一部のユーザーの間では「マイナ保険証の登録解除」を求める動きも根強い。
現在、加入する健康保険組合や市区町村窓口への申請により、任意での登録解除が可能となっている。解除申請から受理まではシステム処理の関係で1〜2か月を要するが、その間は「資格確認書」を利用して受診することになる。解除を希望する理由の多くは、紛失時の悪用リスクや、医療情報の紐付けに対するプライバシーへの懸念だ。
一方で、医療現場からはメリットを強調する声も上がっている。「自動入力により、受付での氏名や保険番号の打ち間違いが激減した」(都内の内科医)という報告もあり、システムが正常に作動すれば、事務作業の効率化と待ち時間の短縮につながることは間違いない。しかし、稀に発生する読み取りエラーや、システムメンテナンスに伴う一時的な運用停止が、現場の不信感を増幅させる要因となっている。
次世代への進化と「信頼の再構築」
政府は2026年度、セキュリティ機能を強化した「次期マイナンバーカード」の導入を予定している。暗証番号を簡略化し、スマートフォンの生体認証を活用することで利便性を高める方針だ。また、令和7年度補正予算では医療機関への機器導入補助も盛り込まれ、インフラの底上げを図る。
しかし、技術的な進化だけで「5割の壁」を突破できるかは不透明だ。
日本経済新聞や朝日新聞などの各紙が指摘するように、デジタル移行の鍵を握るのはシステムの高度化以上に、現場の負担軽減と国民の納得感だろう。医療機関ごとに患者の同意を得る仕組みや、24時間体制の紛失対応コールセンターなど、多層的なセキュリティ対策は整いつつある。今、求められているのは、それらの安全性を丁寧に周知し、デジタル化の恩恵をすべての世代が実感できる「信頼のインフラ」を構築することに他ならない。
(記者:生成 太郎)
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