11月2日 今日の日本のニュースまとめ
海外サッカーのビッグマッチが続いた。プレミアリーグではアーセナルがハヴァーツの決勝弾で14年ぶりにアンフィールドでリバプールを下し首位に立った[1][17][98]。リーガはレアル・マドリードがラシン・サンタンデールに3対0快勝[54][67][96]、バレンシアもエルチェに1対0勝利[36]。セリエAはユヴェントスがナポリに2対0[22]、リーグアンはパリFCがモナコに3対1勝利でシナヨコが得点王に[38]、中村敬斗のリヨンは5位でアンジェ戦[57]。バスク・ダービーはビルバオが制しソシエダは4連勝で停止[47]。J1の福岡は千葉に完敗し最下位転落[10]、全国地域チャンピオンズリーグが開幕[15]。代表は森保監督が上田綺世の招集を見送り[64]、槙野監督の処分に言及[99]。
その他スポーツではF1でアントネッリが20歳で史上最年少王者[24]。亀田和毅がWBAフェザー級2位に浮上[14]、タイチがゲイブ・キッドに最後通告[29]、アラン・ピカソは判定負け[82]、朝倉未来が谷本を激励[42]。競泳の大橋信が短水路日本新[6]、バスケは福大大濠の冬高出場とBリーグ熱戦[26]、琉球対三遠は1勝1敗[68]。山下美夢有がゴルフ連覇[63]、石川祐希はトルコでベンチ外続き[12]、玉鷲が最高齢再入幕[60]。競馬は天皇賞・秋をダノンデサイルが制し3連単29万円[81][97]、北村友一騎手が落馬[20]、JBCクラシックは大混戦[61]、エイシンフラッシュ来場も[74]。
芸能も話題豊富だ。松本潤がエージェント契約満了[13]、新田真剣佑が「前田真剣佑」に改名[79]、清春が体調不良で公演中止[39]、香取慎吾が新曲2曲を配信[35]、小柳ルミ子が大澄賢也とのなれそめを告白[50][52]。狩野英孝が脳梗塞復帰の伊達みきおを祝福[4]、日村勇紀の復帰時期は未定[56][66]、上沼恵美子の発言も注目[87]、辻本茂雄が12月から休養[59]。ヒロド歩美に誕生日サプライズ[11]、黒木千晶が少子化に私見[40]、二階堂ふみが沖縄戦の記憶を語る[62]、渡邉理佐が1年8カ月ぶり更新[84]、ヒコロヒーが絶賛され[76]、モナキの新曲[69]、『出川一茂ホラン 大逆転の会』は枠移動[88]。
野球は日本シリーズMVP正木智也とFA市場の野手に注目[44]。佐々木朗希の移籍報道は否定され[34]、上原浩治氏が巨人打診を辞退[85]、江川卓氏が監督人事を語り[27]、川島慶三氏のDeNAコーチ就任が決まった[77]。
社会では飲酒運転摘発が相次ぎ[3]、奈良でボンネットに男性を乗せ走行の女を逮捕[89]、苫小牧の傷害事件[78]、富士山の遭難救助と遭難者過去最多[7]、宗谷線のクマ衝突脱線とスペイン列車事故[5]、戸田駅の人身事故[91]。内田樹氏の新書が誤記で回収謝罪[2]、「みんなで大家さん」は事業許可取消[33]。サイバーはGMO不正アクセスの北朝鮮系説と懸賞金[32]、ICE関連の4万人情報流出[86]、詐欺グループJPドラゴン幹部の逮捕[19]。国際では黒海艦隊の消耗[73]、北朝鮮の無人機展示と室蘭工大の育成[16]。秋の褒章は奈良美智さんら736人[28]、豊臣秀次事件の謎も検索増[80]。
政治では千代田区都議補選で林則行氏が初当選[94]、茅ヶ崎市長選は佐藤光氏が3選[51]、三郷市長選は美田むねあき氏が初当選[58]。ローマ教皇が史上初の米中間選挙郵便投票[49]。大越健介氏は定数31削減合意に驚き[25]。ロトは2億円超キャリーオーバーに注目[9]。
経済は東京エレクトロンの最高益見通しと自社株買い[46]、マツダの世界販売伸び悩み[18]、バフェット氏の会長退任[30]、太陽電池のペロブスカイト実証[37]、Samsung Galaxyの新情報[43]、『プチプラネット』正式リリース[53]、ワークマンのコラボ[21]、ディズニーチケットの3年ぶり値上げ[93]、カローラツーリング60周年仕様[92]、糸島カキ小屋のシーズン到来[72]。
エンタメは『VIVANT』最終回が8日夜9時決定[48][70][75]、野崎の伏線回収[83]、アディエルの核融合データ[100]、役所広司の話題[65]。『LOST10』第3話の急展開[31]、『ぼっち・ざ・ろっく!』映画公開決定[90]、『アベンジャーズ/ドゥームズデイ』公開日発表[95]、SUPER BEAVERがお詫び発表[55]。
天気は前線通過で広範囲に雨[45]。大阪は朝から昼過ぎ雨のち午後回復[8][41]。三重県南東沖でM6.1の深発地震[23]。鳥羽水族館のラッコも人気[71]。
【追悼】中国共産党の最長老・宋平氏が109歳で死去、胡錦濤氏を見出した「キングメーカー」の生涯
ニュース要約: 中国共産党の元政治局常務委員で、最高齢の元老だった宋平氏が109歳で死去しました。胡錦濤元主席らを見出した「伯楽」として知られ、現在の幹部選抜システムの基礎を築きました。晩年も「改革開放こそが唯一の道」と直言を続け、激動の現代中国を象徴する指導者の逝去は、一つの時代の終焉を物語っています。
【北京時事】 中国共産党の元最長老で、1980年代後半から90年代初頭にかけて最高指導部の一員を務めた宋平(そう・へい)氏が4日午後3時36分(日本時間同4時36分)、北京で病気のため死去した。109歳だった。国営新華社通信が伝えた。
宋氏は、党内序列トップクラスの政治局常務委員を経験した人物の中で最高齢であり、清華大学出身の「技術官僚(テクノクラート)」の先駆けとしても知られた。その政治人生は建国前から激動の改革開放期にまで及び、現代中国の指導者選抜システムの基礎を築いた「キングメーカー」としての評価が定着している。
「伯楽」と呼ばれた組織の重鎮
1917年、山東省に生まれた宋平氏は、日本軍との戦いが激化した1937年に中国共産党に入党。周恩来元首相の政治秘書を務めるなど、党エリートとしての階段を駆け上がった。彼の名が中国政治史に刻まれたのは、単に最高指導部入りしたからだけではない。後に国家主席となる胡錦濤氏を見出し、中央へと引き上げた「伯楽(優れた才能を見抜く人物)」としての功績が極めて大きい。
1970年代後半、甘粛省のトップ(省委第一書記)を務めていた際、当時同省の若手幹部だった胡錦濤氏の能力を高く評価。後に宋氏が中央組織部長に就任すると、胡氏を中央会議のメンバーに推薦し、1992年の第14回党大会で若くして最高指導部入りさせる道筋を作ったとされる。温家宝元首相や呉儀元副首相らも、宋氏が甘粛省時代にそのキャリアを支えた「甘醸系」の幹部たちだ。
改革開放への信念と「最後の直言」
宋氏は保守派の重鎮と目されることもあったが、実際には実務を重んじる現実主義者であった。特に近年、彼が公の場で見せた言動は、中国国内の政治社会に小さくない波紋を広げてきた。
2022年9月、第20回党大会を前に105歳で公表されたビデオメッセージの中で、宋氏は「改革開放こそが、中国が発展するための唯一の道である」と強調。習近平政権下で国家による統制が強まる中、鄧小平以来の開放路線を堅持すべきだという「元老の遺言」とも取れる発言は、SNS上で急速に拡散された。しかし、この発言を含む投稿は間もなく中国国内のネット上から削除され、党内の路線対立を示唆するものとして海外メディアの注目を集めることとなった。
これが宋氏にとって事実上、最後の公式な政治的声明となった。100歳を超えてなお、中山装(人民服)を毅然と着こなし、車椅子を使わずに自らの足で公の場に現れる姿は、共産党の「良心」や「伝統」を体現する象徴的な存在だった。
制度化された幹部選抜の遺産
宋平氏のもう一つの大きな功績は、現在の中国におけるリーダー育成の根幹である「幹部交流制度」を確立したことにある。中組部長時代、彼は幹部が特定の地域や部門に癒着することを防ぎ、幅広い経験を積ませるために、地方と中央、あるいは異なる省間での異動を制度化した。この仕組みは現在も引き継がれており、中国共産党が広大な領土を統治するための組織的な背骨となっている。
晩年は扶貧(貧困対策)や教育支援といった社会公益活動にも力を入れた。特に、貧困地域の子供たちが大学進学を目指す「円夢班(夢を叶えるクラス)」の設立を支援し、「教育こそが貧困から抜け出す永久の策である」と説き続けた。
幕を下ろす「元老政治」
宋平氏の死去により、革命第一世代の精神を直接引き継ぎ、鄧小平、陳雲といった歴史的巨頭と直接仕事を共にした「生き証人」がまた一人、舞台を去ったことになる。
折しも北京では、中国の重要政治日程である「両会(全国人民代表大会と全国政治協商会議)」が開催されている最中だった。国を挙げての政治季節のさなかに届いた最長老の訃報は、一つの時代の完全な終焉を象徴している。新華社は、宋氏が「優れた共産主義の戦士」であり、「党と国家の卓越した指導者」であったと、その生涯を最大級の賛辞で締めくくった。
葬儀の日程については後日発表される予定だが、党・国家の最高礼遇をもって送り出される見通しだ。中国が再び歴史的分岐点に立つ中、彼が最期まで訴え続けた「改革開放の堅持」という言葉が、次世代の指導部にどのように響くのか。その重みは、彼の109年にわたる長い生涯が証明している。
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